9-28「ラストダンス」

 魔王ヴェルドゴは、広大な玉座の間の中心に置かれた玉座で、サムが幻の中で見た時と同じ、悠然(ゆうぜん)とした姿で腰かけていた。


「魔王! 勝負をつけようじゃねぇかっ! 」


 サムは仲間たちと共にヴェルドゴの前まで駆け抜けると、聖剣マラキアの切っ先を突きつけてそう叫んだ。


 それとほぼ同時に、サムたちの後を追って玉座の間へと雪崩れ込んできた魔物たちが一行の周囲を取り囲む。

 4人の少女たちとバーンはサムの背中を守る様に円陣を組み、それぞれの武器をかまえ、魔法を唱える準備をし、戦う姿勢を取った。


 その様子を見て、ヴェルドゴは不愉快そうな表情を見せる。


「何と、無粋(ぶすい)な」


 そしてヴェルドゴがそう呟き、腕を軽く横なぎに振るった瞬間だった。

 サムたちを取り囲んでいた魔物たちは一斉にその包囲を解いて、ぞろぞろとどこかへ姿を消していく。


 どうやら、ヴェルドゴはサムたちを前に、1人で戦いに臨むつもりでいる様だった。


「へっ、なかなか、気がきくじゃねぇか」


 サムは、不敵に笑って見せる。


 1人で戦いに応じるということは、ヴェルドゴなりの矜持(きょうじ)からか、それとも、1人でもサムたちに余裕をもって勝利できると侮(あなど)っているのか。

 いずれにしろ、サムたちにとってはありがたいことには違いなく、サムとしては、ヴェルドゴのその思い上がりを徹底的に打ち砕きたいところだった。


「なに、勇者殿。幾多の困難を乗り越え、我が眼前までたどり着いた貴殿らに、私なりに敬意を払いたかっただけだ」


 ヴェルドゴはそう言うと、玉座から立ち上がった。

 そして、玉座に立てかけてあった大剣を手に取り、視認できない速度で一閃した。


 風が巻き起こり、その風はサムたちのところにまで届いて、髪を、服を、揺らす。


 サムも、ティアも、ラーミナも、ルナも、リーンも、バーンも、強大な力を秘めている魔王の姿を前に、ゴクリと固唾を飲みこんだ。

 そんな一行に対し、魔王は怜悧(れいり)な視線を向け、叫ぶ。


「来い、勇者たちよ! 未来が欲しければ、私を見事、倒して見せよ! 」

「応よ! お望みどおりに、お前を倒してやるよ! 」


 サムも叫び返し、そして、聖剣マラキアを振りかぶって、雄叫びをあげながらヴェルドゴへ向かって突進していく。

 聖剣とサムの全身を包む光が強い輝きを放ち、勇者と聖剣の力が一つになって、その聖剣マラキアの刀身に力を与えた。


 魔王は、その場を動かなかった。

 ただ、サムのことを見すえ、その動きに合わせ、大剣を右手だけで振るう。


 サムが咆哮(ほうこう)とともに振り下ろした聖剣マラキアは、魔王ヴェルドゴがかまえた大剣によって受け止められた。

 強力な魔法の力同士が反発しあい、周囲に衝撃波が広がって、ヴェルドゴの長い髪と、サムのごわごわとしたオークの体毛が大気の動きに合わせてなびく。


 サムの全力を、魔王は片手だけで受け止めて見せていた。

 サムは瞬時に自身とヴェルドゴとの間に存在する力の差を理解したが、そのまま全身の力を込める。


 今のサムには、仲間たちがいる。

 サム自身が1人だけでは及ばなくとも、全員が力を合わせれば勝てるはずだった。


 サムが全力を振り絞ってヴェルドゴの動きを止めている間に、その脇からラーミナが飛び込んで行った。

 シュッ、と鋭く呼気を漏(も)らしながら、ラーミナはドワーフたちから譲り受けた名刀を振るう。


 しかし、その斬撃は、ヴェルドゴがいつの間にか左手に持っていた短剣によって防がれていた。

 どうやら、ヴェルドゴもマールムと同じ様に、2刀を使いこなす様だった。


 だが、サムたちは3人以上いる。

 ラーミナがすり抜けていった反対側からティアが距離を詰め、間合いに入って、レイピアの鋭い突きをくり出した。


 ヴェルドゴがティアを一瞥(いちべつ)した瞬間、ティアの動きが一気に遅くなった。

 魔王は視線を向けただけで魔法を発動させ、ティアの行動を阻害してしまった様だ。

 ティアの渾身(こんしん)の一撃は弱々しくヴェルドゴの漆黒の鎧に防がれ、その表面に傷をつけることさえできなかった。


「リーン! 」


 ティアはゆっくりとした動きのまま、その名を叫んでいた。

 どうやら、声だけは普通に出せるらしい。


 ティアが叫んだ直後、サムは自分の背中を、誰かが駆けあがるのを感じていた。

 そしてその誰かは、サムの肩を蹴ると、空中に躍り出ていた。


 リーンは空中で魔法の呪文を唱え終えると、ルナとバーンからの支援も受け、これまでにない高温が凝縮(ぎょうしゅく)された白く光り輝く1本の槍を空中に生み出し、それをヴェルドゴに向かって突き入れた。


 ヴェルドゴはまた、その槍に視線を向けただけでその動きを止めてしまった。

 リーンの魔法の力とヴェルドゴの魔法の力とがせめぎ合ったが、やはり、魔物たちの王であり、暗黒神テネブラエの第一の眷属であるヴェルドゴの方が強い。

 魔法の炎の槍は先端から4つに引き裂かれ、徐々に打ち消されていった。


 しかし、攻撃はまだ終わってはいなかった。

 空中に飛び上がって槍を放ったリーンが、そのまま重力に引かれて、魔王ヴェルドゴに襲いかかったのだ。


 そして、その手には短剣が握られている。


 強力な炎の槍に気を取られていたヴェルドゴは、その、リーンの短剣に気がつかなかった。

 リーンは槍が消滅するのとほとんど同時にヴェルドゴの眼前に近接し終え、鋭く短剣を振るった。


 リーンの短剣は、ヴェルドゴの右目を縦に切り裂き、ヴェルドゴの身体から鮮血が飛び散った。


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※某有名ロボットアニメの「踏み台ネタ」を使っていた場面があったのですが、読者様から不要なのではというご指摘をいただきましたので、修正させていただきました。


 同ネタを作者が好きなので入れてしまったのですが、大変申し訳ありませんでした。

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