9-21「最後」

 全身に聖なる光をまといながら、サムは真っすぐマールムへと向かって行く。

 その雄叫びと、オークの巨体が地面を踏みしめる地響きでサムの突撃に気がついたティアたちは、その迫力に慌てて道を開けた。


 サムは、聖剣をマールムに向かって振り下ろした。

 その頭からつま先まで一気に切り裂くつもりで、全身全霊の力を持ってマールムに切りつけた。


 マールムはその場から1歩も動かず、自身の両手に持った2本の刀を頭上でクロスさせ、サムの斬撃を受け止める。


 お互いに、強い魔法の力が込められた刃と刃がぶつかりあう。

 強力な魔法は互いに反発して周囲に強烈な衝撃波を巻き起こし、反発しあう魔力が巻き起こした突風が吹き荒れる。


 その突風が、マールムの身体を覆っていた赤黒い炎を吹き散らす。

 そして、その炎が小さくなるのにつれて、徐々に聖剣マラキアがマールムを押し込み、その刀身がマールムの頭上へと迫っていく。


「フヒッ、フヒヒヒッ! 」


 少しずつ自身の顔面に近寄ってくる聖剣マラキアの光り輝く刃を目の前にしながら、マールムは気色悪い笑い声を漏らした。


 その表情には、一瞬だけ見せた焦りの色はすでに無い。

 そこにあるのは、歓喜の笑顔だった。


「素晴らしい、素晴らしいぞ、勇者よ! 貴様の様な奴がいるから、人間は侮れんのだ! 」


 サムはなおもふてぶてしい態度を見せるマールムを斬り捨てるべく、全身の力を振り絞り、聖剣マラキアをマールムに向かって押し込んでいく。


「俺は、この時を20年もずっと! ずっと、夢に見てきたんだ! 」


 1センチ。

また、1センチ。

 徐々に聖剣の刀身がマールムへと迫っていく。


「しかしっ! まさか、豚の化け物の姿のまま、勇者の力を取り戻して来るとは思わなかったぞ! 天空の祭壇の、忌まわしきエルフどもめ! やはり、ゴブリンどもなんぞに任せず、我輩自らが貴様らを葬り去りに行くべきだったなァ! 」

「そうだ! お前は自分のミスで、ここで負けるんだ! 」


 サムは全身の力を振り絞り、マールムをさらに追い詰めながら、腹の底から叫んだ。。


「俺は、魔王を倒して、世界を救う! お前を、ここで、倒す! 」


 だが、あともう少しでマールムに聖剣の刃が届くかというところで、マールムはサムに向かって獰猛な笑みを浮かべる。


「くはっ! 良い心がけだ、豚よ、いや、勇者よ! ……しかァし、我輩とて、負けるわけにはいかんのだ! 」


 そして、聖剣とのぶつかり合いで生じた衝撃波と突風でほとんど吹き飛ばされてしまっていた魔法の炎が、再び燃え上がってマールムの全身を覆った。


「全てを、暗黒神テネブラエ様の御下(おんもと)にィ! それこそ我らが魔族の大望、魔王ヴェルドゴ様のお望みなのだぁ! 」


 その瞬間、今までサムに押し込まれていたはずのマールムの力が、急激に強くなった。


 マールムに急に押し返されたサムは、そのまま数歩後ろに下がり、思わず「くそっ! 」と罵(ののし)っていた。


 サムの全身を、今も痛みが駆け巡っている。

 その痛みは今、じりじりと焼かれている様な、自分が少しずつ焼け落ちて、灰に変わって行く様な、そんな熱い痛みに変わっている。


 おそらく、サムの魂が少しずつ壊れていく、その痛みなのだろう。


 サムには時間が無かった。

 こんなところで、魔王軍の四天王「ごとき」に関わっている様な時間は、サムには残されていない。


「死ねぇ、勇者ァ! 」


 聖剣マラキアをかまえ直したサムの前でマールムはそう叫ぶと、全身に炎を燃え滾(たぎ)らせ、サムに向かって突進してくる。

 マールムの炎は身に着けていた鎧を溶け落とすほどに燃え盛り、その様子はまるで、マールム自身が火柱となって炎上している様だった。


 サムが自身の魂を燃やしながら戦っている様に、マールムもまた、自身という存在を燃やし、力に変えながら戦っているのだ。


 サムは雄叫びをあげながら自分の方からマールムへと突っ込んでいく。


 今のサムには、勇者の力と聖剣の力とが合わさったことで、自分がどんな風に聖剣を振るえばいいのかが見えている。

 そして、この一瞬で、マールムとの決着がつくということも。


 マールムが奇声を発しながら左手でかまえた刀を振るったが、サムには、それがマールムの囮であると分かっていた。

 サムにその一撃を防がせ、そして、サムが防いでいる間に、もう片方の刀でサムに致命傷を与えるつもりなのだ。


 それは、マールムがこれ見よがしに左手の刀を振り上げ、その一方で、右手の刀をサムの視界から隠すために自身の身体の後ろに置いていることからも分かる。

 サムに左手の刀を強く意識させ、右手の刀への警戒を抱かせない様にしようとしているのだ。


 だから、サムはその2本の刀を無視することにした。

 ただ、聖剣の柄(つか)を強く握りしめ、その切っ先をマールムの身体、人間でいえば心臓がある場所に向かって突き立てる。


 お互いが突進する勢いで、聖剣の切っ先はマールムの身体を軽々と貫き、マールムが振るった刀は、内側深くにサムが飛び込んできたために空を切った。


「マールム、お前の間違いは、自分がいつも狩る側で、相手はいつも逃げる側で、決して前に出てこない、そう思っていたことだぜ」


 サムはマールムの耳元でそう呟く様に言うと、サムに胸を貫かれたことで身にまとった炎が弱まっていくマールムから聖剣を引き抜きながら、その身体を思い切り蹴りつけた。


 勢いよく聖剣がマールムの身体から抜けたが、血は一滴も流れ出さなかった。

 何故なら、マールムの身体はすでに、ほとんど炭(すみ)の様になっていたからだ。


 マールムはサムに蹴られても体勢を崩しただけで、数歩、よろめき、それから、両手を天高く掲げ、最後の力を振り絞って叫んだ。


「魔王様、バンザァイッ! 」


 サムは、容赦なくマールムに聖剣を振るった。


 マールムによって焦土と化したサムの故郷。

 20年間、オークとして生きてきた自身の人生。

 少女たちと出会い、共に旅をし、戦い、傷ついてきた記憶。


 それらの全てが、サムに聖剣を振るわせた。


 マールムの右手を切り飛ばし、左手を切り飛ばし、両足を薙ぎ払う。

 そして、地面に仰向けに倒れ伏したマールムの首を、サムは斬り飛ばした。


 宙を舞ったマールムが浮かべていた表情。

 それは、恍惚(こうこつ)とした、歓喜の笑みだった。

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