9-20「解放」

「シニス! 何をバカなことを! 勇者としての力を解放すればサム殿が死ぬ、そう言ったのは貴様だろう! 」

「確かに言った。けど、アレに勝つ方法が、他にある? アンタに何かいい提案でも? 」


 シニスに向かって大声で詰め寄ったデクスに、シニスが冷徹な口調で返すと、デクスは言葉に詰まって押し黙った。


 デクスを黙らせた後、シニスはサムの方に視線を向けなおし、これまであまり見せることの無かった真剣な顔でサムのことを見返した。


「本当に、いいんだね? 」

「ああ。かまわねぇぜ。……魔王を倒すまでは、例え死んじまっても、踏ん張って見せらァ」


 シニスの確認に、サムは間髪入れずにうなずいていた。


 サムが本気であることを理解すると、シニスはサムの腕を振り払い、そして、唐突に自身の衣服を脱ぎ捨てた。


 サムは、シニスのあらわになった肉体を見て、驚く。


 その驚きは、シニスの妖艶(ようえん)な肢体を目の当たりにしたからではなかった。

 シニスの身体の中心部、心臓がある辺りには、不気味な輝きを不規則に明滅させている肉塊(にくかい)、恐らくは魔族の力を宿した魔物の身体の一部が埋め込まれており、そして、シニスの褐色の肌全体に、精巧な魔法陣が描かれていたからだ。


「どうせ悠長に魔法陣を作っている時間なんて無いだろうから、最初から用意しておいたの。これなら、私が生きている限り、いつでも、どこでも発動できる」


 シニスは簡単にそう説明すると、サムに自身の前に立つように、そして、デクスにはサムを挟み込む様に自身の対面に位置し、不足する魔力を補う様にと指示した。


 サムはすぐに言われた通りにしたが、デクスはなおも不満そうだった。


「何よ、デクス。世界を滅ぼしたいの? 」


 しかし、シニスにそう言われて睨まれると、デクスはとうとう反対を断念し、シニスの言われた通りにした。


 そして、準備が整うと、シニスが魔法の呪文を詠唱し始める。


 それは、魔術師たちがよく使う古代語(ルーン)ではない、サムにとって聞きなれない言葉だった。

 だが、その音からは、言い表しようのない不吉さ、不穏さを感じる。


 シニスの呪文は、魔族の言葉によるものだった。


 シニスの身体に描かれた魔法陣がマールムのまとった炎と同じ様に赤黒く不気味に輝きを帯び、サムの周囲に魔力が渦巻き、徐々に形となっていく。


 直後、サムが感じたのは激痛だった。

 以前、サムにかけられたオークになる魔法を解除できないか試すためにウルチモ城塞で行った実験の時と同じか、それ以上の痛みだった。


 まるで、自分の身体を、魂を、ハンマーで叩き、別の型に押し込めて、無理やり形を変えようとしているかのような痛みだった。


 魔力の渦は、すぐに収まった。

 だが、サムの全身を貫くような痛みは収まらない。


 あまりの痛みに、サムは思わずその場に膝をつき、聖剣マラキアを地面につき立てることで辛うじてその巨体を支えた。


「立ちなさい、勇者殿っ」


 そんなサムに、自身も強力な魔族の魔法を使用したことで反動を受け、地面に倒れ伏し、冷や汗を滲(にじ)ませているシニスが、苦しそうに息をしながら言う。


「もう、アナタの魂の破壊は始まっている! 時間が無い、早く! 」


 その言葉を受けて、サムは、呻(うめ)き声をあげながら立ち上がった。

 そして、聖剣マラキアを握り直し、真正面にかまえる。


 すると、聖剣マラキアは、その刀身にまとった聖なる光をより一層輝かせた。

 その光は眩(まばゆ)く広がり、サムの全身を包み込む。


開放された勇者の力と聖剣マラキアの力とが合わさり、サムはようやく、真の勇者としての力を取り戻したのだ。


 サムの全身を包み込んだ聖なる光は、どこか、暖かいものだった。

 何というか、揺りかごの中でじっと誰かに見守られている様な、そんな、安心する様な暖かさだった。


 その力は、サムの全身を貫き続ける痛み、魂があげる悲鳴を緩和(かんわ)してくれる様だった。

 そして、サムに力を与えてくれてもいる。


 サムには、マールムの動きがこれまで十分に見えなかった。

 しかし、今のサムには、マールムの動きが手に取るように分かる。


 その動きを正確に捉えることができるだけではなく、マールムが次にどんな動きをしようとしているのか、ほんの少しだけ「先」が見えるのだ。


 サムは、自身の脚で戦場の土を踏みしめ、咆哮(ほうこう)をあげる。


 全身を貫き続ける痛み。

 仲間を失うかもしれないという焦燥(しょうそう)

 そして、強敵に立ち向かわなければならないという恐怖。


 それらに身を焼かれながら、それでもサムが戦うためには、声を張りあげ、自身を鼓舞するしかなかった。


 咆哮(ほうこう)を終えると、サムはマールムへ向かって走り始める。


「ふ、フヒッ!? 」


 そのサムの姿を見て、マールムは表情をひきつらせた。


 それは、マールムが初めて見せた、焦りの表情だった。

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