9-19「決意」

 サムはマールムの攻撃を何とか耐え続けたが、それは、サムと聖剣だけの力ではなかった。


 後方からの魔法の支援、そして、ドワーフたちがサムのために用意してくれた鎧のおかげだった。


 魔法の力はマールムの斬撃の勢いを弱め、まだまだ剣士としては未熟なサムの技術でも何とか対応できるほどに抑えてくれている。

 それでも防ぎきれずサムの身体に届きそうになる刃は、ドワーフの鎧が防いでくれた。


 オークは元々、その頑丈さには一定の評価がある魔物だったが、もしサムが生身のままだったら、簡単に致命傷を負ってしまっていただろう。


 それは、ドワーフ製の最上級の鎧を通してでさえマールムの斬撃の威力がサムの肉体へと到達し、殴打(おうだ)されている様な鈍い痛みと、ヒリヒリする様な熱気と痛みが伝わってくることからも分かる。


 マールムの斬撃には単純に物理的な威力があるだけではなく、その刀身にまとった赤黒い魔法の炎によって、魔法の力が加わっている様だった。


 サムは何とかマールムの攻撃に耐えていたが、徐々に押されて、後ろに下がっていく。

 次々と連続して途切れることなくくり出されるマールムの攻撃にサムの頭の処理がついて行くことができず、集中力が散漫になって、マールムの斬撃がサムの身体に達し、鎧の表面を削り、炎であぶる場面が増えていく。


 追い詰められていくサムを救ったのは、体勢を立て直した兵士たちだった。

 衝撃波で姿勢を崩した兵士たちは武器と盾をかまえ直すと雄叫びを上げながらマールムへと群がり、次々と切りかかって行った。


「チィッ! 邪魔するなァ! 」


 さすがのマールムの四方から一斉に切りかかられてはたまらないようで、そう苛立(いらだ)たし気な声をあげてサムから離れ、兵士たちの剣に対応しようとする。


 魔王城に突入するサムを支援するために選ばれた精鋭中の精鋭である兵士たちには最高級の装備が渡されていたが、それでも、マールムが振るう刀とは品質に差がある様だった。

 加えて、マールムの刀にまとわりつく炎の魔法がファイヤーゴーレムを切りつけた時の様に兵士たちの剣にダメージを与えている様で、せっかくマールムの肉体に切っ先が届いても、容易にマールムの鎧に防がれてしまう。


 兵士たちの攻撃がマールムに通用しないのとは反対に、マールムの斬撃は兵士たちにとって危険なものだった。


 最初の斬撃が、盾と鎧ごと兵士たちを切り裂き絶命させたように、マールムの斬撃を兵士たちの武器では十分に防ぐことができず、次々と被害が出てしまう。

 魔法による支援も行われている様だったが、クラテーラ山の火口で戦っているという事情からその高熱と火山性のガスから戦士たちを守らなければならず、負傷者の治療のためにも手を割く必要がある魔術師たちは、そもそも手いっぱいで満足に兵士たちを支援できていなかった。


 兵士たちはマールムの攻撃を回避することで何とか対応しようとしたが、マールムの両手はまるでそれぞれが別の意志を持っているかのように動き、兵士たちを次々と屠(ほふ)っていく。


 ドワーフ族の勇敢な戦士であるアクストも、負傷した。

 兜の2本角の片方をマールムの斬撃で切り落とされ、その切っ先が、ドワーフの上質な鎧をも斬り、アクストの右肩を浅く裂いた。


 アクストはよろめきながらも、自身を鼓舞する様に声を張り上げ、失ったバトルアックスの代わりとなる予備の剣で戦い続けた。

 しかし、アクストの様に、戦士たちに負傷者が増えていく。


 いてもたってもいられず、サムはマールムと戦うために前に出ようとしたが、誰かに鎧から飛び出している毛を引っ張られて妨害された。

 それは、ティアたちだった。


「アイツには身軽な私たちの方が相性がいい! アンタは魔王を倒さなきゃなんだし、前に出ないで! 」


 ティアはサムにそう一方的に言うと、兵士たちをかいくぐる様にしてマールムへと接近し、レイピアを突き入れた。

 そのティアの動きに連携して、ラーミナ、リーンがマールムに接近戦を挑んでいく。


 魔法の禍々(まがまが)しい炎をまとったマールムにはリーンの炎の魔法がほとんど通用しなかったから、リーンはマールムをかく乱し、ラーミナとティアが独立した生き物の様に蠢(うごめ)くマールムの刀のすきをうかがいながら攻撃をくり出していく。


 ティアが言う様に、兵士たちやサムがマールムと戦うよりは、3人が戦う方が相性はいい様だった。

 重装備をして動きの鈍い兵士たちと、オークであるがゆえにどうしても大振りにならざるを得ないサムに対し、比較的身軽で、体格も成人男性よりは小さく、動きの素早い少女たちはマールムの斬撃にも対応して身をかわすことができている。


 長い旅の間に培(つちか)った連携も見事だった。

 マールムはリーンにかく乱されつつもティアとラーミナの攻撃に何とか対応し続けているが、惜しい、そう思わせる場面が何度もあった。


 だが、その戦いを目にしているサムは、とても落ち着いていられなかった。


 サムの脳裏に、マールムと初めて対戦した時の光景がよみがえる。

 自分にとっては娘の様に年の離れた少女たちが、次々と倒されていく姿。


 それだけではない。

 この戦いで、すでに何人もの兵士たちが命を落としてしまっていた。


 蘇生薬の準備もないし、火山という環境から戦士を守るために魔術師たちも手いっぱいで、倒れた兵士たちを蘇らせることはできない。


 サムの目の前で横たわっている兵士たちは、もう、2度と目を覚ますことは無い。


 サムは、こんな光景を見たくなかったからこそ、自身の命を懸けてでも魔王を倒そうと決意したのだ。


「おい、シニスさん! 」


 サムは唇を引き結び、目の前で続く戦いの様子を睨みつけると、自分から少し離れたところでマールムを弓で狙撃できないか狙いをつけていたシニスを振り返った。


「俺の力を、開放してくれ! 勇者の力で、奴を倒す! 」

「何をバカな! それでは、魔王に挑む前に、貴殿が死んでしまうかもしれんのだぞ! 」


 サムのその言葉に真っ先に異論を唱えたのは、シニスと同じく弓でマールムを狙っていたデクスだった。


 ダムはデクスの方を振り返ると、彼に向かって怒鳴り返す。


「そんなことはいい! どっちにしろ、奴を倒さなきゃ魔王のところには行けないんだ! それに、嬢ちゃんたちを死なせるわけにはいかねぇ! 」

「し、しかし! 」


 デクスはなおもサムを止めようとしたが、サムは無視して、シニスの腕をつかんだ。


「頼む! ……嬢ちゃんたちが死んじまったら、俺は、戦う意味が、生きている意味なんかなくなっちまうんだ! 」


 乱暴に腕をつかまれたシニスは、不思議なものを見る様な視線をサムへと向ける。

 それから、サムに向かってうなずいて見せた。


「分かった」

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