9-18「宿敵」

「見事! 見事! 実にィ、見事ォ! 」


 4体のファイヤーゴーレムが全て倒されてしまったのに、マールムはなおも余裕そうに、魔王と決着をつけるために乗り込んできた戦士たちを嘲笑(ちょうしょう)した。


 ただ1人だけとなったマールムを前に、ゴーレムとの戦いで大きな怪我を負わずに済んだ戦士たちはサムを中心として隊列を築き、盾を並べ、剣をかまえる。

 負傷した兵士たちはその後ろへと送られ、ルナとエルフの魔術師たちの手によって治療が行われ始めた。


「マールム! ここが、お前の最後の場所だ! 」


 サムは聖剣マラキアの切っ先をマールムへと突きつけながら、そう叫んでいた。

 かつては手も足も出なかったサムだったが、今は多くの仲間たちがいるし、聖剣マラキアもあり、サム自身も戦い方を以前よりは身に着けてきている。


 今なら、マールムと勝負になるはずだった。


 ドワーフたちによって鍛えられ、エルフたちによって強い魔法の力を与えられた聖剣マラキアは、普通の剣や鎧であれば溶かしてしまうほどのファイヤーゴーレムの高熱にさらされたのにもかかわらず、今も変わらずに聖なる光を放ち、傷一つない。

 ドワーフたちが最高の仕事をしてくれただけでなく、エルフの魔法によって聖剣は守られ、強化されて、あの高熱にも耐え抜き、サムの手にも熱をほとんど伝えなかった様だった。


「ギャハハハ! 言う様になったねぇ、勇者サマ! 我輩に村を焼き払われ、仲間を殺されても、ビクビク怯えて動けなかったころから、ずいぶん変わったようだな! 」


 数の上ではサムたちの方が圧倒的に有利なはずだったが、マールムは歯牙にもかけていない様子だった。

 それどころか、嬉しそうでもある。


「ああ、感動だ! そう! 我輩は今、モーレツに感動している! あの怯えるだけのしみったれたガキンチョが、我輩にここまで啖呵(たんか)を切る様になるとは! ああ、全く、素晴らしい! ……もっとも、醜い豚の姿は変わらなかった様だが」

「相変わらずうるさいやつね! いい加減、自分が追い詰められてるって、認めなさいよ! 」


 サムは、自身がこれから命をかけなければならないということを思い出して押し黙ってしまうと、これまで黙ってマールムの金切り声を聞いていたティアが、こらえきれなくなったのかそう叫んだ。


 自身を睨みつけるティアの姿を眺めて、マールムは愉悦(ゆえつ)に表情をゆがめる。


「追い詰められている? 我輩が? 」

「そうよ! アンタは1人、だけど、こっちには、これだけの精鋭がいるんだから! 」


 ティアは首をかしげるマールムに強気にそう言い放ったが、マールムはしかし、爆笑した。


「な、なにがそんなにおかしいのよ! 」


 ティアがそう気色ばんで叫んだが、マールムは意にも介さず笑い続け、それから、自身の両手に持った二振りの刀をビュン、と風を切りながら振り下ろした。


「はっはァ、お嬢ちゃん、分かってない、分かってないなァ! 」


 そして、マールムがそう叫ぶのと同時に、マールムの全身を魔法の炎が覆い始めていく。

 徐々に燃え広がり、明るさを増していく炎は、赤黒く禍々(まがまが)しい邪気を放ちながらマールムの鎧に覆われていない部分を全て覆いつくし、そして、その刀にも燃え広がって行った。


「我輩が、なァぜ諸君らをこの場所へ誘い込んだのか! 少し考えればすぐに分かるはず!」


 そして、不気味に蠢(うごめ)く炎の中から、マールムはサムたちを嘲笑(ちょうしょう)する。


「ここはァ、魔王様が封じられし場所! 我々魔族にとっての聖地! 魔の力が満ち満ちている! そう! ここは、我輩にとってのテリトリー! そして、諸君らにとっての絶望の空間! 殺し間なのだぁ! 」


 マールムの変異に固唾を飲んでいたサムたちに向かってそう言い放つと、マールムは身体を低くし、鋭く地面を蹴って、サムめがけて真っすぐに突っ込んできた。


 あまりにも速い突進だった。

 サムの動体視力では追い切れず、マールムの動きがコマ送りに見えたほどだった。


 気づいた時には、サムの目の前にマールムが振るった刀によって、炎の軌跡が×印の形に描かれていた。


 バーンとエルフの魔術師たちが咄嗟(とっさ)に魔法を唱えてサムを守ってくれなければ、その一撃はサムの身体を4つに分断し、サムは斬られたことを認識することさえできないまま、絶命していただろう。


 だが、サムを守る様に前方に隊列を組んでいた兵士たちは、助からなかった。

 魔法の発動が間に合わず、兵士たちは自身がかまえた盾と、身につけた鎧ごとマールムの刀に切り裂かれ、悲鳴をあげる間もなく絶命していた。


 命を失った兵士たちの身体が崩れ落ち始めるのと同時に、周囲に強烈な斥力(せきりょく)が働き、生き残った者たちを吹き飛ばした。

 魔法の力でマールムの斬撃がサムに届くのを防ぐことができたが、その代償として、マールムの斬撃に込められていた威力が衝撃波となって周囲に拡散した様だった。


 オークで体重の重いサムは耐えることができたが、鎧を身につけてはいても比較的軽いティア、ラーミナ、リーンの3人は吹っ飛ばされ、残りの兵士たちもよろめいて、戦闘隊形が崩される。


 サムと、マールムとの間には、何の障害も無かった。


「死ねぇい、勇者よ! 魔王様、暗黒神様のために! 醜いオークの姿のまま、ここで無様に、我輩に殺されるがいい! 」


 マールムはそう叫びながら、その細長い腕をしならせ、両手にかまえた2本の刀で連続してサムに切りかかった。


 サムとマールムとの間にはわずかな距離しかなく、魔法の援護も間に合わないし、サムは何とかして、マールムからの攻撃を自力でしのぐしかなかった。

 覚えたての剣術の技術を駆使し、聖剣マラキアの力を頼りながら、サムはマールムの斬撃を聖剣で受け止める。


 炎に包まれたまま斬撃を振るうマールムの一撃は重く、指に、手に、腕に、肩に、全身に、重い衝撃が押し寄せる。

 それでも、ドワーフたちが工夫してくれた聖剣の柄(つか)はサムにとって握りやすく、前に戦った時の様に、聖剣を弾き飛ばされるようなことは無かった。


 マールムは一方的にサムを攻撃し、サムはとにかく、その攻撃から自身を守り続けた。

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