9-22「まだ」
6つに分断されたマールムの死体が、少しずつ崩れ落ちていく。
全ての力を使い果たし、燃えつきたマールムの身体が、灰になって消えていく。
聖剣を振るい、マールムの首を斬り飛ばした姿勢のまま、肩で荒い息をくり返していたサムは、自身がようやく、マールムを倒したのだと理解した。
そして、サムは、叫んだ。
言葉にならない、自身の胸の内に渦巻く感情を、思い切り辺りにぶちまけた。
叫び終わると、サムは、身体から力が抜ける様な感覚に襲われた。
サムは聖剣マラキアこそ手放すことは無かったが、その場に膝をつき、聖剣を地面に突き立てて、辛うじて自身の身体を支える。
「サム! アンタ、勇者の力を使ったのっ!? 」
そんなサムに向かって、サムの咆哮の声の大きさに両手で耳を覆っていたティアが、慌てて駆け寄って来た。
心配そうで、不安そうで、そして、悔しそうなティアの表情を見て、サムは弱弱しく微笑んで見せる。
「ああ。……すまねぇな、ティアお嬢ちゃん」
「……ばか。謝るのは、私の方だよ」
ティアはサムの言葉に唇を引き結ぶと、自身の左腕で顔をごしごしと擦(こす)った。
「それより、サム、立てる? ……まだ、やらなきゃいけないことがあるんだから」
「へっ、もちろんさ」
サムはそう言うと、もう一度気持ちを奮い立たせて、その場に立ちあがった。
その姿を見て、戦いを生き残った戦士たちが歓声をあげる。
そこに立っていたのは、誰がどう見ても、醜い豚の怪物、魔物であるオークだった。
しかし、もう、姿など関係なかった。
戦士たちの目の前に立っているのは、光の神ルクスによって選ばれた勇者であり、強大な魔物を倒し、魔王を封印して世界を救う、希望そのものだった。
まだ戦える状態で生き残っている戦士たちは、40名ほどにまで減っていた。
後の者は、息絶えるか、重傷を負って、魔法の治療を受けてもすぐには動けない。
それでも、誰もが戦う意思を失ってはいない。
目の前で、勇者の力を目にしたからだ。
サムは、立ち続けなければならなかった。
そして、歩き出し、魔王のもとへと向かわなければならない。
サムが魔王のもとへ向かうために号令をかけようとした時、突如として、辺りを地震が襲った。
地響きと共に地面が揺れ出し、丸い火口を作る断崖から小石が落ち始める。
やがて、サムたちが足場としている場所を囲む様に噴煙が吹き上がり、次いで溶岩が溢(あふ)れ出して来た。
火山が、噴火しようとしているのだ。
「早く移動を! みんな急いで! こっちに魔王城に通じている通路があるの! 」
その場は危険だと判断したティアはそう叫ぶと、一つの方向を指さしながら駆け出した。
その先の壁面には、真っ暗な空洞が口を開いている。
他に逃げ道もなさそうだったし、ティアたちは以前、かつて魔王に挑んだ歴代の勇者たちが記した記録を元に冒険をしていたことを思い出したサムは、聖剣を一度鞘に納め、負傷者を片手で1人ずつ背負うと、必死にティアを追って駆けだした。
他の者たちも負傷者を2人がかりで運んだり、戦いに必要な武器などを拾いなおしたりしながら、魔王城へと続いているという空洞に向かって走り出す。
戦死者たちは、その場に置いていくことしかできなかった。
少しペースを落としてサムと並んだティアに励まされながら、サムは走り続けた。
長年に渡る宿敵を倒しはしたものの、サムにとっての本番は、まだこれからなのだ。
火口の噴火は続き、徐々に溶岩がせりあがってくる。
だが、溶岩に飲み込まれる寸前で、生き残っていた全員が空洞の中へと逃げ込むことができた。
空洞の入り口には、巨大な、分厚い石でできた扉が置かれていた。
これは、火山が噴火しても、溶岩が直接魔王城まで流れ込んでいかないようにするための装置に違いなかった。
その扉の動かし方を知っている者は誰もいなかったが、シニスが魔族の魔法を使えば動かせることを発見し、サムに勇者の力を取り戻させるためにほとんど使い切ってしまった力を振り絞って、巨大な扉を閉じることができた。
溶岩はもうすぐ扉の中にまで流れ込んで来るほど迫っており、間一髪だった。
扉が強固に閉じられると、地震は徐々に弱まり、噴火も収まり始めた様だった。
突然の噴火はどうやら、マールムが敗北したことを知った魔王ヴェルドゴが、サムたちを始末するために起こしたものである様だった。
火口にわざわざこんな装置まで作って魔王城と結ぶ通路を作っているのは、本来であればこの火口に魔王が封じられており、魔王が復活すればすぐにその居城である魔王城に移動できるように、ということであるのだろう。
そして、歴代の勇者たちは魔王城を攻略し、そこからこの通路を通ってクラテーラ山の火口へと至り、魔王を聖剣によって封印しなおして来たのだ。
マールムによって転移魔法の行き先を変えられ、火口へと導かれてしまったサムたちは、これから歴代の勇者とは逆の道をたどり、魔王城へと攻め込まなければならない。
サムたちは溶岩からは逃れることができたが、しかし、その眼前には、新たな脅威が立ち塞がっていた。
魔王の下へと続く、長い道。
そこには、サムが魔王ヴェルドゴの下にたどりつくことを阻止しようと、大勢の魔物たちが最後の防衛線を築いて待ち構えていた。
魔王城へと至るその通路は、魔王の下へ至ろうとする勇者を阻むために複雑に入り組んだ形で作られ、迷宮となって、先を見通すことはできない。
だが、充満する魔族の邪悪な魔力と、暗闇の中に潜む魔物たちの息遣い、鳴き声が、この先に待ち受けている困難を予感させた。
サムたちは、前衛の戦士、その後ろにサムとティアたち、負傷者と魔術師たち、後衛の戦士という隊列を作り、魔法の光と聖剣の光を頼りに、魔王に挑むための最後の関門に向かって前進を開始した。
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