9-16「俺に続け」

「やぁ、やぁ、勇敢なる勇者と、その取り巻き諸君! よくぞ来たなぁ、歓迎するぞ! そして! ここで、我輩に惨めに負けるがいい! ギャハハハッ! 」


 その魔物は、暗闇の中に鮮血の色をした瞳を輝かせ、白い肌の顔を愉悦(ゆえつ)に歪ませ、気色悪く自身の細長い体をくねらせながら、嗤(わら)う。


 状況がはっきりとしてきた。

 サムたちはマールムによって誘導され、魔王城ではなく、この場所へと転移させられてしまったのだ。


 だが、だからと言って、サムたちがやるべきことには何ら変更が無い。

 魔王ヴェルドゴと対決する前に、マールムを撃破するというひと手間が加わっただけのことだった。


「マールム! お前を、倒す! 」


 サムはそう叫ぶと、聖剣マラキアを引き抜いて、その切っ先をマールムへと向けた。

 同時に、サムと共に転移してきた戦士たちも一斉に武器をかまえて、マールムを正面に見すえた陣形を組みなおした。


 マールムと戦う、その姿勢を鮮明に見せた戦士たちを前にしても、マールムは余裕の表情を崩さなかった。

 それどころか、嬉しそうな表情さえ見せる。


「ハッハハハ! おい、オーク! 憐れな勇者よ! 何だ、取り巻きが増えたおかげか、ずいぶん勇ましいじゃないか! 」

「ふん、笑っていられるのも、今の内よ! 私たち、旅を続けてきたおかげで、前よりもずっと強くなっているんだから! 」


 そんなマールムにティアが啖呵(たんか)を切って見せたが、マールムはそこでようやく、サム以外にもかつて自分と戦った4人の少女たちがいることに気がついた、という様な表情を見せた。


 そして、マールムは喜悦に表情をゆがめる。


「おやおや、お嬢ちゃんたち、久しぶりだねぇ。そこのかわいらしいお嬢ちゃんも、また会えて嬉しいゾ。……ククク、今度こそ、我輩のお人形さんにしてあげよう」


 その言葉に、ルナは怯(おび)えたように身震いをし、ラーミナがルナをかばう様にその前に出る。


「この変態! 前から思ってたけど、アンタ、気色悪いのよ! 」

「ほっほう、言ってくれるねぇ! だが、我輩からすれば、お嬢ちゃんたちがどう思おうが関係ないのだよ! 全ては、魔王ヴェルドゴ様のため、暗黒神テネブラエ様のため! ……そして、我輩が楽しめれば、それでいいのだぁ! 」


 それから、マールムは突然真顔になると、サムと共に武器をかまえている50名の戦士たちを眺める。


「しかし、思っていたよりも数が多いなァ。別に我輩だけでも倒せてしまえるが、あまり魔王様をお待たせするのも申し訳ない! 条件を同じにさせていただこう! 」


 マールムがそう言って指を鳴らすと、その背後で溶岩が吹き上がった。

 そして、その溶岩の噴出が収まると、そこには何体もの魔物たちの姿があった。


 それは、炎が凝縮されてできた様な、真っ赤に燃え滾(たぎ)る身体を持つ魔物たちだった。

 武器らしいものは無く、太くて短い脚と、太くて長い手、胴長の身体の上に首を経ずに直接頭部が乗っている。


「ファイヤーゴーレム!? 何でゴーレムなんか持ってるのよ!? 」


 ティアが驚く声を漏(も)らすと、マールムは得意そうな笑みを浮かべる。


「なァに、単純なコトよォ! フォリー師に作ってもらったのだ! こんなこともあろうかと思ってなァ! 」


 フォリーというのは、かつて一行が帝国で遭遇した、危険な実験を繰り返す狂気の魔術師の名前だった。

 フォリーは帝都の地下で一行によって倒されていたはずだったが、それより以前に、厄介な置き土産を残していた様だった。


「さァ、勇敢な、愚かで哀れな、光の神の眷属(けんぞく)どもよ! 魔王四天王最後の1人、このマールムが、直々に葬り去って、魔王様と、暗黒神テネブラエ様への捧げものとしてやろう! 」


 マールムはそう叫ぶと、自身の腰に吊っていた刀を引き抜き、身体の前でクロスさせた。

 その動きに呼応するかのように、ファイヤーゴーレムたちもその太い両手を頭上にかかげ、戦いに臨む姿勢をとる。


「サム殿。いや、勇者殿。どうする? 」


 サムと共にこの作戦に加わっているドワーフの戦士、アクストがちらりとサムの方を見上げ、小さな声でそうたずねた。

 50名の戦士たちはサムの護衛として同行している以上、サムの意向を無視して敵に向かって行くわけにはいかないからだった。


「ど、どうするって、そりゃぁ……」


 サムは思わず言い淀んでしまう。

 ここまで来たのだし、今更引き返すことなどできないし、そのつもりもない。

 だから、マールムと決着をつけるために戦うということは決まり切っているのだが、しかし、50名もの戦士たちから指示を待たれている状況では、何というか、サム自身が何か作戦の様なものを考えなければならないのではないかと、そんな風に思ってしまったのだ。


 サムは兵士たちを率いて戦ったことなど無かったから、当然、こんな時にどんな指示を出していいのかも知らなかった。


 余計なことを考えているサムのことを見上げて、アクストは少し呆れたようにため息を吐(つ)いた。


「いいか、勇者殿。こんな時はな、ただ、俺に続けっつって、武器をかまえて駆け出せばいいんだよ。そうすりゃ周りは勝手についてくる」

「そ、そうか」


 そう言われて、そういうものなのかと思ったサムは、すぅ、と大きく息を吸い込むと、全身全霊で雄叫びをあげた。


「俺に続けェっ! 」


 そして、オークの巨体で、地響きを立てながら駆け出す。

 そんなサムに、周囲の戦士たちも一斉に喚声(かんせい)をあげ、駆け出して行く。


「ちょっ、バカっ、アンタが真っ先に突っ込んでどうすんのよっ!? 」


 その行動を予想していなかったティアたちは、やや遅れて駆け出した。

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