9-15「待ち受けるもの」

 やがて、全ての準備が整えられた。


 魔王城へと突入するサムたちは、転移魔法の限られた移送力の中でできるだけ多くの戦士を送り込むために必要な装備の類だけを厳選し、魔王ヴェルドゴに挑む用意を完了させると、別れを告げるため、諸侯の前に集合した。


 エフォールがいて、アルドル3世がいて、ディロス6世がいる。

 ティア、ラーミナ、ルナの親であるステラ、ガレア、キアラもいる。

 そして、多くの諸侯たちが、厳かな表情で居並んでいる。


 これから、連合部隊もその総力をあげて魔王軍へ攻撃を挑む。

 サムたちの囮となるために、全力で戦いを挑む。


 だから、見送る側も、見送られる側も、危険という意味では変わりがない。

 しかし、生還を期待しない、できない戦いに向かうサムたちと、生き残る可能性が残された戦いに向かう人々では、やはり、何かが違っている。


 見送る人々を代表し、エフォールとアルドル3世が前に進み出て、それぞれサムと、ティアと握手をした。

 サムはこんな時にどうしたらいいか分からず、たどたどしくエフォールの手を軽く握り返しただけだったが、ティアは不敵な微笑みを浮かべながら、堂々とアルドル3世と握手をしていた。


 もっとも、それは父親を前にして心配させまいとしていただけかもしれなかったし、ティアと握手を交わしたアルドル3世も、表面的にはティアと同じく笑顔だったが、内心では不安と心配でいっぱいだったのかもしれない。

 握手を交わして振り返ったアルドル3世の肩が微かに震えていたように思えたのは、サムの錯覚だったのかどうか。

 生きて帰ってくることができたのなら、確かめることもできただろう。


 その短い儀式が終わると、連合部隊はそのほぼ全軍が出撃し、待ち構えている魔王軍に対して陽動を実施するために進軍を開始した。


 陽動、と言っても魔王軍に看破(かんぱ)されるわけにはいかない以上、全力で挑むことになる。

 連合部隊はこの攻撃のために、少ない材料で投石機や攻城塔などを作り、実際に魔王軍の突破を試みているかのような猛攻撃を実施することとなっている。


 そして、その攻撃が開始されるのに合わせて、サムたちの転移が実行に移される。


 サムたちは魔法陣の近くで、静かにその時を待った。


 しばらくして、魔王城の方から喚声(かんせい)が響いてきた。

 魔王軍に向かって突撃する兵士たちの鬨(とき)の声は谷を囲む山々に反響して響き渡り、そして、魔物たちと戦う音さえも届いて来る様だった。


 最後の決着をつけるために、魔王城へと挑む時が来た。

 サムたちはキアラに合図されると、その指示に従って魔法陣の中央へと移動し、そして、どんな形で転移してもサムが真っ先に攻撃されることが無いよう、サムの周囲をぐるりと取り囲む円陣を作った。


 サムたちが準備を整えると、エルフと魔術師たちは配置につき、転移魔法の呪文を唱え始める。

 おそらく、これほどの人数を一度に敵地へと送り込むことは、これまでになかったことだろう。


 魔法陣がまばゆい光を放ち、膨大な魔力が辺りに渦を巻き始め、その渦中にいるサムたちの髪や衣服がふわりと浮き上がる。

 サムは緊張で生唾を飲み込み、聖剣マラキアの柄にそっと自身の手を置いて、自分が魔王に勝てる様に、この転移が成功するように、必死に祈りを捧げた。


 転移魔法は、すぐには発動しなかった。

 それが前例のないほど大掛かりな魔術であるということに加えて、魔王城にかけられた強固な防御魔法が、サムたちが転移することを阻んでいるからだ。


 魔王城を守る魔法は転移を妨げるだけでなく、魔術師たちに対して反撃さえも行って来る様だった。

 呪文を唱えていた魔術師たちの数人が突然苦しみだし、全身から血液を流しながら、その場に崩れ落ちていく。


 だが、転移魔法の詠唱は継続された。

 敵からの反撃があることは十分に予想できていたことだったし、この世界が滅亡を免(まぬが)れるためには、この転移を何としても成功させなければならない。


 やがて、魔法陣の輝きが一層大きくなり、その中心にいたサムたちを包み込む。

 サムはその光の眩しさに、思わず両目を閉じていた。


 そして、気がついた時には、転移は完了していた。


 まず感じたのは、熱気だった。

 そして、瞼(まぶた)を突き抜けて届く、熱を帯びた赤い光。


 サムが瞼(まぶた)を開くと、目の前の光景に驚くしかなかった。

 サムだけではなく、サムを守る様に陣形を組んでいた戦士たちも、どよめく様な声をあげている。


 そこは、だだっ広い円形の広間の様な場所だった。

 土がむき出しの、明らかにどこかの建物の中ではないと分かる場所だったが、周囲はぐるりと断崖絶壁に囲まれ、黒々とした煙が壁に沿って立ち上り、頭上に開いた丸い穴から天へと昇っていく。

 わずかに見える青い色から、空がそこにある様だった。


 熱気の正体は、黒煙の立ち上る根本、円形の広々とした足場の隅からのぞく穴の先にあった。

 それは赤く輝き、黒煙を煌々(こうこう)と照らし出す、熱く煮えたぎった溶岩だった。


 そこが、クラテーラ山の火口の中であると気づいたエルフの魔術師たちが急いで火山性の毒ガスと熱気の中でも呼吸し、動ける様に魔法を唱えてくれていなかったら、サムたちはその場で全滅してしまっていただろう。


 転移魔法の目標地点は、魔王城の内部、玉座の間であるはずだった。

 作戦ではそこに直接サムたちを送り込み、連合部隊の攻撃で手薄になっているはずの魔王の身辺の守りを突破して、魔王ヴェルドゴとの決着をつけるはずだった。


 転移魔法が、うまくいかなかったのだろうか。

 あるいは、魔王軍側の妨害により、転移する位置がずらされてしまったのか。


 偶発的なことではない。

 これは、罠だ。


 サムたちがそう悟ったのは、クラテーラ山の火口の中に響き渡った、甲高く、不愉快な哄笑(こうしょう)のおかげだった。


「くっハハハハハ! ウェルカム! ようこそ! 殺し間へっ! 」


 その声の主、マールムは、勝ち誇ったようにそう告げた。

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