9-14「危険であろうと」

 作戦会議での決定に不本意な者はあったが、それでも、作戦の実行に向けての準備が開始された。


 エルフと魔術師たちは転移魔法のための準備を開始し、サムを護衛する兵士たちが、志願者の中から選抜されていった。


 同行する50名の兵士として選ばれたのは、30名の人間の兵士、15名のドワーフの戦士、そして、5名のエルフだった。


 30名の人間の兵士たちは、その多くが貴族階級出身の騎士で、志願した理由は純粋な義務感や、生還の見込みの無い作戦に参加することで自身の名声を永遠のものとすることを願うといったものだった。

 一般の兵士たちからも数名が選ばれたが、彼らは皆自身の腕だけで生き抜いてきた、自他共に認める達人クラスの実力者たちであり、諸侯からの推薦を受け、それぞれの理由、自身の故郷や家族を奪った魔物への復讐や、生死にかかわらず親族に支払われることが約束された多額の報酬、あるいは領地と貴族としての身分など、それぞれの意志で参加を決意した者たちだった。


 ドワーフの戦士団から選ばれた15名は、双子丘陵の戦いで命令違反を犯したアクストをはじめとして、何かしらの「負い目」を背負った者たちだった。

 ドワーフの世界では何よりも「勇敢な戦士」であることが尊ばれ、その評価を得られない様な何らかの「傷」を負ったドワーフの戦士たちが、その名誉を挽回(ばんかい)するために志願したのだった。

 志願者をつのった上でマハト王が選抜したその戦士たちは皆屈強で見るからに恐ろし気な風貌のドワーフたちであり、魔王城に向かう兵士たちは皆、その姿に勇気づけられた。


 5名のエルフたちは、この戦士たちに魔法による援護を与えるために選ばれた者たちだった。

 魔法を使えるものとしては、人間の魔術師たちにも作戦に参加することを志願した者はいたのだが、転移させることのできる人数が限られることと、エルフから1人も参加者を出さないわけにはいかないという事情もあって、選ばれたものだった。


 転移魔法を使用するために、巨大な魔法陣が描かれていった。

 兵士たちを動員して地面の一部を完全な水平面になるべく近づけたものを作り出し、その上に、エルフと、人間の魔術師たちの中から最高の実力を持つ者たちが協力して、転移魔法の魔法陣を描いていく。


 その魔法を発動させる際には、大勢の魔術師たちをその魔法陣の周囲にぐるりと配置し、全ての魔力を使う予定になっている。

 それくらいしなければ、魔王城に施された防御魔法を突破してサムたちを送り届けることなどできないのだ。


 作戦を実行する準備を整えつつ、連合部隊はこの作戦を魔王軍から隠ぺいするために、小規模な交戦をくり返した。

 これは、小競り合いによって魔王軍の布陣に弱点を見つけようとする意図をあえて見せつけることで、魔王軍側に連合部隊が正面からの突破に未だにこだわっているのだと誤認させることを狙ったものだった。


 魔王軍からは翼を持つ魔物たちが偵察に放たれ、空から連合部隊を監視しようとしたが、連合部隊は弓兵、弩兵、そして魔術師を応戦させて徹底的にそれらの魔物を排除し、可能な限り秘密を守るために警戒を続けた。


 やがて、転移魔法の魔法陣が出来上がり、後は、作戦通り連合部隊が魔王軍に囮攻撃をしかけ、魔王軍が連合部隊にかかりきりになった瞬間を狙って、サムたちを転移させるだけとなった。


 作戦の決行が迫ってくると、魔王城に乗り込む志願兵たちは互いに集まり、顔合わせを兼ねた宴会(えんかい)を開いた。

 酒好きのドワーフたちのために特別に強い蒸留酒なども用意され、戦士たちは互いの自己紹介などをしながら、酒を飲み、陽気に笑い合った。


 その輪の中で、サムも酒を飲みながら笑っていた。

 実を言うと、サムは酒をこれまであまり飲んでこなかったのだが、今はとにかく、酔いたい様な気分だったから、ドワーフのマネをして大酒を飲んだ。

 もっとも、オークの巨体であってもドワーフの様に飲むことはできず、すぐにサムは酔いつぶれて眠りこけてしまったのだが。


 4人の少女たち、ティア、ラーミナ、ルナ、リーンにも、希望すれば特別に飲酒することが認められていた。

 しかし、ティア、ラーミナ、ルナの3人はそれを丁重に断った。

 それは、3人がまだ、サムを死なせずに、生きて戻ってくることを諦めず、今もその方法を考え続けているからだった。


 ただ1人、リーンだけは酒に口をつけたが、すぐに「これ、嫌い」と言って、残りをバーンに押しつけた。

 バーンも酒を飲む習慣は無く、困ったバーンはデクスに酒の入ったジョッキを渡し、デクスは酒の匂いをかいでみたもののしかめっ面をしてすぐにそれをシニスの方へと突き出し、止むを得ず受け取ったシニスは、少し口をつけてみたはいいものの、すぐに飲むのを止めて、残りを焚火(たきび)の中へと注いでしまった。

 酒を注がれた焚火(たきび)は、一瞬、ぼわっと音を立てて炎を大きくした。

 それは、ドワーフ用に用意された、とびっきりに強烈な蒸留酒だったのだ。


 やがて宴会は終わり、魔王城へ向かう戦士たちは眠りについた。


 そして、翌朝。


「起きろ、この酔っ払い! 」


 サムは、ティアにそう罵(ののし)られながら、久しぶりに蹴り起こされた。


「ぐあっ!? な、何だよ、いったい!? 」


 サムはそう抗議したが、ティアはフン、と鼻を鳴らし、腕組みをしながらサムのことを睨みつけただけだった。


 のそのそと起き上がったサムは、そそり立った断崖絶壁の上に、太陽が顔を出しているのに気がついた。

 クラテーラ山とウルチモ城塞の間に広がる谷は左右をかつて山脈を形成していた山々に囲まれており、太陽が顔を出すということは、もう昼前近くまで時間が進んでいるということだった。


「さっさと立って。これから、魔王城に向かう準備をしなきゃいけないんだから」


 それからサムは、ティアのその言葉で、作戦開始の時間が迫ってきていることを思い出した。


 先に行っているからね、と言い捨てて歩き出すティアの背中に、サムは、思わず声をかけていた。


「なぁ、ティア嬢ちゃん。……嬢ちゃんたちは、このままこっちに残ったって、いいんだぜ」


 今さら、と思いつつも、どうしても投げかけずにはいられなかった言葉だった。

そのサムの言葉に、ティアはサムの方を振り返り、憮然(ぶぜん)とした表情を見せる。


「馬鹿言わないでちょうだい。……私たちは、アンタも含めて、みんなで生きて帰ってくること、諦めてなんかいないんだから」


 その言葉に、サムは自身の豚鼻をぼりぼりとかいて、苦笑するしかなかった。


 はっきりと言い切ったティアのことが、何度失敗しても自分を曲げない彼女が、サムにとっては眩(まぶ)しく思えた。

 そして、そんなティアと比較すると、なんだか、自分のこれまでの生き方が恥ずかしいような気持になったからだった。

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