9-13「起死回生」

 連合部隊は魔王城を目前として、立ち往生してしまった。


 魔王城との間には強力な魔物の軍勢が待ち構えており、地形の制約によって連合部隊は戦術的な工夫を凝らす余地が小さく、有効な手立てを見いだせずにいる。


 時間は、魔王軍に味方していた。

 連合部隊に送られてくる増援はわずかなものであり、やがて帝国で編成された大軍が向かってくるにしても、それが到着するころには魔王軍はさらに増強され、手がつけられない状態となっているだろう。

 現在進行形で、魔物の数は増え続けているのだ。


 魔王軍に対し一度距離を取った連合部隊では、この状況を打開するために新たに作戦会議を開いた。


 作戦会議はエフォールが出席し、帝国の各軍団長を務めている将軍たち、パトリア王国のアルドル3世、バノルゴス王国のディロス6世、ドワーフ族のマハト王、エルフの族長ウォルンと、主要な統率者が皆出席した。

この他に、戦いに参加している旧諸王国の諸侯の有力者たちや、各参加者に同行してきた随行員も出席し、作戦会議は大規模なものとなった。


 会議の中で話し合われた話題は、ただ1つ。

 どうやって勇者であるサムを魔王城へと到達させ、魔王ヴェルドゴと直接対決させるかということだった。


 もっとも理想的だったのは、このまま連合部隊が前面の魔王軍を撃破し、直接魔王城に乗り込むことだった。

 多くの兵士が戦いに参加することでサムは魔王との戦いに集中することができるし、勝率を最も高くできるだろうというのが、その理由だ。


 しかし、魔王軍は有利な位置に布陣しており、そこを突破することは難しかった。

 だからこそ、連合部隊は一度撤退して距離を取り、こうして作戦会議を開いているのだ。


 代替案としてあがったものの多くは、左右に広がる峻険な山脈を少数精鋭の部隊で踏破し、眼前の魔王軍を迂回して魔王城を攻撃するというものだった。

 その迂回の方法や、投入される部隊の規模などは様々だったが、要点を煮詰めると全て同じ様な話に帰結する。


 この、正面の魔王軍を迂回するという作戦は、他に代わりとなる様な良案が存在しないことから、会議の主要なテーマとなって行った。


 これは、以前、ティア、ラーミナ、ルナ、リーン、そしてサムというたった4人と1頭の冒険者のパーティが単独で魔王城へと到達し、魔王の玉座の間まで到達できたという前例からも、有力な作戦であるとされた。

 今度はそれをもっと大人数で行い、魔王ヴェルドゴとサムの直接対決に持ち込めば、勝利が期待できるという風に考えられたのだ。


 反対意見も、もちろんあった。


 1つには、魔王城の警備がどの程度であるか分からず、せっかく迂回に成功しても魔王に到達できないのではないかという懸念(けねん)があった。

 光の神ルクスに選ばれし者、勇者は世界にただ1人しか存在せず、オークに姿を変えられる魔法が今現在も継続している以上、1度魔王との戦いに敗北して命を失えば、復活することができないかもしれない。

 そういう状況である以上、少数で魔王城に攻め込むことは危険が大きいことでもあった。


 もう1つの懸念は、迂回しても、魔王城に到達するのに時間がかかり過ぎるということだった。

 以前、4人の少女と1頭のオークは数週間もかけて山越えをし、魔王城へと到達したが、その山々は魔王の力によって動かされた後であり、かつて通行可能だった地形が今、どんな風に変化しているか分からない。


 連合部隊が現在展開している場所はウルチモ城塞からすればかなり魔王城に近い地点だったが、道も分からない上に、恐らくは魔王の力によって動かされたことで、不安定で危険な状態となっている山脈を踏破するのは、危険で、あまりにも時間がかかると思われた。

 精鋭を選んで護衛につけたとしても道中で多くの兵士が落後することになるのに違いなく、そして、あまり時間が経過してしまえば、魔物たちが増強されて、魔王城を攻撃するどころではなくなってしまうかもしれない。


 それらの問題を解決する手法として提案されたのが、「転移魔法を使用する」というものだった。


 転移魔法は高度な魔法で、使用には優秀な魔術師が必要とされるが、幸いなことに連合部隊には多くの優秀な魔術師たちがいる。

 そして、クラテーラ山に近い今の場所からなら、決して小さくは無い数の兵力を一度に、直接魔王城に転移させられないか、という意見が出されたのだ。


 その方法は以前、サムたちは「実行不能だ」と聞かされていた。

 魔王城にはそういった事態に備えて魔法による守りが施(ほどこ)されているはずで、現在位置と魔王城とが離れていたこともあって、その方法を選択するにはリスクが大きすぎるということだったはずだ。


 しかし、パトリア王国の宮廷魔術師であるキアラや、エルフの族長であるウォルンらは、現状であれば可能である、と回答した。


 これは、連合部隊の現在位置が魔王城に限りなく近づいていることや、多数のエルフだけでなく、大勢の人間の魔術師までも集結しているため、その総力を集めれば「実行は可能」ということだった。


 ただし、2人とも、その方法には反対である様だった。

 送り込めるのはどんなに頑張っても数十名が限度で、そんな少数では、サムが勇者としての全力を解放できたとしても、勝ち目など無いだろうというのが、2人が反対する理由だった。


 しかし、作戦会議の結果、この、転移魔法によってサムたちを魔王城に直接送り込むという方針が採用されることとなった。


 これは、魔王ヴェルドゴを倒す使命を背負った勇者、サム自身が、この作戦に強く賛同したからだった。


 確かに、危険は大きかった。

 しかし、時間をかけていては状況がさらに悪化してしまう。

 加えて、もし成功すれば魔王軍との戦いは早期に決着がつくこととなり、多くの人々の命が救われるのだ。


 魔王城にたどり着いても魔王との直接対決に挑めるか、という問題は、サムたちとその護衛の兵力が転移する際に、連合部隊で魔王軍に全力攻撃を実施し、陽動を行うことで解決することとされた。

 連合部隊が、魔王軍に対抗するその主力自身が囮となることで魔王ヴェルドゴの視線を自身の足元である魔王城から引き離し、魔王城にいるはずの魔物たちを連合部隊との戦いに誘い出して、サムたちの突入を支援するのだ。


 この方針に、反対する者もいた。

 サムを死なせずに済む方法を未だに諦めずに考え続けているティアや、そもそも反対の立場を取っていたキアラやウォルンなどの他にも、不確実性が強いという意見もあった。


 だが、これ以上の良案が存在しないことも事実だった。

 時間は魔王軍の味方であり、手持ちのカードで勝負に出る他は無かった。


 最終的に、魔王城へサムを転移させることが決まった。

 作戦の実施は転移の準備が完了し次第、行われることとなり、魔王城へ転移する人員は、勇者であるサムをはじめ、共に戦い、旅をしてきた仲間であるティア、ラーミナ、ルナ、リーン、バーンの5人、サムの勇者としての力を引き出すために必要となるシニスとデクスの2人のエルフ、他に、約50名の精鋭が選ばれた。

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