9-10「身の上話」

「サム殿、何だ? 」


 黙々と食事を続けていたデクスだったが、サムから話を振られると、そう言って食事の手を止めた。

 サムは真っすぐに向けられたデクスからの視線に一瞬だけ気圧(けお)されてしまったが、すぐに言葉をつづけた。


「いや、なんつーか、せっかく、一緒に旅をしているんだし、アンタたちのことを聞いてみたくってな。ほら、今までまともにそういう話をしたことが無かっただろ? 」

「ふむ、確かにそうだな」


 サムの言葉にうなずくと、デクスは自分について簡単に紹介してくれる。


「私はエルフ族の1人、デクスだ」


 それは、本当に簡潔な説明だった。

 それ以上でも、それ以下でもない。そう言われれば何も言えなくなってしまうほど、取りつく島もない様な自己紹介だ。


「い、いや、そういうことじゃなくてだな」


 サムは、エルフと人間とでは感覚が大きく違うのか、それともデクスの性格なのかを判断しかね、それからどうすれば自分の言葉の意図が通じるかで悩んで、自分の豚鼻をぼりぼりとかいた。


「えっと、デクスさん、以前、人間について調べていらしたようですけど、どうしてそういったことをされていたんですか? 」


 そんなサムに助け舟を出したのは、バーンだった。


 具体的なことをたずねられたデクスは、一度バーンの方を見返すと、少しだけ考え込み、再び口を開いた。


「それほど難しい話ではない。人間の生き方に興味があったのだ」

「人間の生き方、ですか? 」

「そうだ。我々エルフは、在りのままの世界を望ましいものとしているが、人間は違う。自分にとってより良い様に、悪く言えば、自分に都合のいい様にこの世界を作り変えようとする。例えば、このテントや、周囲の宿営地の様に」


 デクスは周囲にいくつも立ち並んだテントを手で指し示すと、さらに言葉を続けた。


「きっかけはそうしたものだったが、人間を調べるうちに、別のものに興味が出てきた。それは、人間と、我々エルフに存在する明確な差、寿命の差についてだ。我々エルフは創造神クレアーレによって生み出された。あなた方人間は光の神ルクスによって生み出された。しかし、創造主が違うのだとしても、神々はどうしてこういった差を与えたのだろうというのが、私の疑問だった。そして、その違いにこそ、エルフと人間の考え方の差につながっているのではないかと、そう思ったのだ」

「そんなの、作った目的が違うからでしょう? 」


 デクスの言葉に口をはさんだのは、シニスだった。


 彼女は一行と共に食事をとってはいたが、コミュニケーションをとることにはほとんど興味を持っていなかったらしく、ずっと距離を保っていたのだが、さすがにそれを退屈だと思った様だった。


「創造神クレアーレは、世界を作るという創業を手伝わせるためにエルフを生み出した。だから長大な寿命が必要だった。魔法の力の才能もね。一方の光の神ルクスは、暗黒神テネブラエとの戦争のために人間を生み出した。いわば、戦争のための粗悪な量産品、だから寿命何て短くていいし、むしろ、短いサイクルで繁殖してくれた方が、都合が良かった、ってことでしょう? 」


 シニスの人間に対しての認識はあまり愉快なものではなかったが、エルフたちの人間についての認識というのは、案外こういうものであるのかもしれない。


「私は、そうは思わない。例え戦争のための量産品であろうと、長い寿命は役に立つ」


 デクスは、シニスの意見に異論がある様だった。


「寿命が長ければ、それだけ経験を積み、優秀な戦士や魔術師となることができる。それは、戦いに勝つために重要であったはずだ」

「フン。しょせんは、使い捨てなのに? 」


 しかし、シニスはデクスの意見を鼻で笑った。

 その態度にデクスはムッとした様な顔になり、シニスに反論し、反論されたシニスはデクスにさらに反論するといった形で、口論が始まってしまった。


「ちょ、オイオイ、お2人さん、別に喧嘩(けんか)しなくたっていいだろう? 」


 サムが慌てて仲裁すると、デクスは姿勢を正して「すまなかった」と頭を下げ、シニスはそっぽを向いて舌打ちをした。


 余計に気まずい雰囲気となってしまい、サムはデクスとシニスに話題を振ったことを後悔したが、どうしようもなかった。

 その後は会話もないまま一行は食事をつづけ、料理を全て平らげて後かたづけを終えると、これからの戦いに備えてゆっくり休むことになり、そのまま解散することになった。


 サムも自分のテントに潜り込んで眠ろうとしたのだが、そんなサムを、意外なことに、シニスが呼び止めた。


「ねぇ、サム。あたし、実はアンタに聞きたいことがあったんだけれど」

「お、おぅ? 何だよ? 」


 サムがシニスの方を振り返ると、シニスは身体の前で両手を組みながらサムに質問する。


「サム、あなた、本気で死ぬつもりなの? 天空の祭壇でも言ったけど、勇者としての力を取り戻す魔法を使って戦えば、あなたは確実に死ぬ。消滅する。……天空の祭壇でその話をした時は、正直、あたしはあなたが断るだろうと思っていた。そんな決断、できっこないってね。……でも、あなたはそれを選んだ。あなたたち人間は、寿命が短い。生きられてもせいぜい100年くらい。なのに、どうしてそんなに簡単に死ぬってことを決められるの? 」

「簡単なことじゃ、無かったさ」


 シニスの言葉に、サムは静かに微笑んだ。


「けど、やらなきゃなんねぇ、それだけのこった。……俺がやらなきゃ、他の人たちが大勢、犠牲になるんだ。だから、俺は、やるのさ」


 その回答に、シニスは顔をしかめ、「よく分からない」という顔をする。


「どうせ100年さえも生きられないのなら、短い生を自分の好きに生きればいいのに。少なくとも、あたしならそうする。実際、あたしはそうしようとした。エルフは何も変えようとしない、変わろうとしない。そんなの退屈なんだもの。……ま、それが原因で、エルフの掟(おきて)に触れて罪人になったわけだけれど、後悔はしていないわ」


 それからシニスは、サムの心の中を見透かそうとする様に、サムの目をまっすぐに見る。


「あなたは、本当にそれで、後悔は無いの? 」

「……。ああ、ないさ」


 サムは少しの間を置いてから、そう嘘を吐(つ)いた。


 後悔なら、たくさんある。

 だが、それでも、その後悔を全て飲み込んで、サムは戦わなければならないのだ。


 何故なら、サムは光の神ルクスに選ばれし者、勇者であり、そして、この世界を救える者は、サムただ1人しか存在しないのだから。


 逃げてもいいのだったら、サムは、どこまでも逃げたかった。

 だが、サムはもう、逃げないと決めている。

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