9-11「谷」
予定通り、ウルチモ城塞の跡地にまで進軍してそこに橋頭保を築き上げた連合部隊だったが、そこから先は、思うようにはいかなかった。
魔王軍による破壊によって焦土と化してしまった諸王国では補給物資が調達できないため、連合部隊は帝国からの補給に頼っていた。
だが、その補給線は長大なものであり、本来魔王城を攻略するために使用できるはずだった増援の多くがその補給線の維持のために配備され、連合部隊の兵力が思う様に増強できていないのだ。
補給自体は、帝国の膨大な生産力で保たれていた。
しかし、最大で100万にも及ぶはずだった帝国が動員できる兵力は、イプルゴスのクーデーターに端を発する帝国国内の内戦と混乱の結果大きく減少してしまっている。
動員が遅れているうえに、長大な補給線の警備のために多くの兵力を割かれてしまっているという状況だった。
これに対して、魔王軍の側は、悠々と兵力の増強を行っている。
かつて魔王が復活した際、魔王ヴェルドゴは魔王軍の進撃路を作るためにウルチモ城塞とクラテーラ山の間にあった山脈を強引に切り開いて一本道を作ってしまっていたから、魔物たちが日に日に増加していく様子は連合部隊からよく見えた。
魔物たちは、暗黒神テネブラエの世界とつながっている門から続々と湧きだし、魔王城の周辺にたむろして、双子丘陵の戦いで失ったはずの勢力を取り戻しつつある。
そして、魔王ヴェルドゴは、その様子を連合部隊に対し見せつけている様だった。
誘っているのだ。
魔王ヴェルドゴは連合部隊を焦らせ、魔王城へおびき寄せようとしている。
というのは、魔王軍の側も、ウルチモ城塞の跡地に橋頭保となる拠点を築き、野戦築城を行って防戦準備を整えつつある連合部隊を攻めあぐねているからだった。
問題となるのは、その地形だった。
クラテーラ山から1本路で繋がった旧ウルチモ城塞は、しかし、長い谷筋の出口、隘路(あいろ)に立地するという条件は、以前と少しも変わっていない。
長い一本道は魔王軍の全軍が一度に通過することは難しく、その出口の向こうで待ち受けている連合部隊は、小出しに攻め寄せてくる魔王軍を各個撃破することができる態勢にある。
元々ウルチモ城塞はこの隘路(あいろ)の条件を狙って築かれた城塞であり、その立地条件は、堀や城壁が失われた後も生き続けている。
これは、連合部隊の側でも事情は一緒だった。
長い谷筋に出口がある、というのはこちらから魔王城に向かって攻め寄せていった場合も条件は全く一緒であり、連合部隊が進軍すれば魔王軍はそれを待ち構え、連合部隊を各個撃破することを狙ってくるだろう。
だからこそ、魔王軍は日に日に自軍が増強されていく様子を連合部隊に対して見せつけ、「早く攻めかかって来ないと、勝機は無いぞ」と脅している。
その狙いが分かっているからこそ、連合部隊は容易には動かない、動けなかったが、しかし、結局は魔王ヴェルドゴの誘いに乗って、クラテーラ山へ、その麓(ふもと)に築かれた魔王城へ向かって進軍を再開した。
これは、時間が経てば経つほど魔物たちの数が増えていくのに対し、連合部隊側の兵力の増強が思う様にならず、兵力差が大きくなる前に決着をつけなければならなくなってしまったからだ。
ただでさえ、連合部隊は長大な補給線を維持するために大きな力を割かれている。
そして、魔王軍はその弱点を突き、遊撃部隊を編成して解き放ち、連合部隊の補給線を寸断するために攻撃をしかけるようになったのだ。
この遊撃戦に対抗するため、連合部隊はせっかく帝国で編成された新たな兵力を、順次、補給線の維持のために投じなければならなくなってしまった。
こうした事情で、連合部隊は不本意ながらも、魔王が待ち受けている戦場へ向かって行かなければならなくなってしまった。
連合部隊は橋頭保となるウルチモ城塞の跡地に築いた宿営地に最低限の防衛戦力だけを残し、その主力を持って前進を開始した。
連合部隊の各部隊は狭い谷筋いっぱいに横に広がり、いつ魔王軍からの襲撃があっても対応できるように戦闘隊形を組み、少しずつ、慎重に前進していく。
前線の部隊は横に隙間なく隊列を組んでいるが、その後方の部隊は、一応部隊の移動や交換ができる様に距離を取って、少しでも効果的な戦い方ができる様に工夫を施している。
それでも、これは不本意な形での進軍だった。
兵士たちは皆、聖剣マラキアを有する勇者がいるということに勝利への希望を持ちつつも、これから待ち受けている魔物たちの大群からの激しい攻撃を想像し、不安な気持ちを抱かざるを得なかった。
そして、予想したとおり、魔王軍は谷の中では連合部隊を迎え討とうとはしなかった。
魔王ヴェルドゴは連合部隊が谷を通過することを悠々と見物し、そして、谷の出口、隘路(あいろ)となる場所に自身の軍勢を広げ、待ち構えていた。
不利な形は承知で、連合部隊はその、魔王が築いた罠の中に飛び込んで行くしかなかった。
早く勝負を挑まなければ、魔王軍に対する勝ち目が失われてしまうからだ。
やがて谷の出口へと至ると、連合部隊は魔王軍の攻撃が及ばないぎりぎりの範囲でできるだけ左右に広がり、最後の戦闘準備を整えた。
隊列を組んだ連合部隊の兵士たちの眼前で、魔物の群れが待ち構えている。
その光景を前にして、兵士たちは皆固唾を飲みこみ、自身の武器を、冷や汗の滲(にじ)む手で握りなおす。
「前衛、前へ! 」
連合部隊ができるだけの戦闘準備を整えると、エフォール将軍はとうとう、攻撃開始を命じた。
連合部隊の前衛は、前面に盾をかまえ、両隣に密集して隊列を組んだ戦友たちを互いに守りながら、ゆっくりと前進を開始する。
最初から全速力で駆け出して突撃するのではなく、盾を前面に押し出してゆっくりと進むのは、できるだけ魔王軍に対して接近してから突撃を実施するためだった。
重武装を持った兵士たちにあまり長距離を走らせると、せっかく敵と接触できても息が上がって十分に戦えないからだ。
やがて、前進を開始した前衛部隊が、魔王軍の射程に入った。
魔王軍は次々と魔法や投石での攻撃を開始し、前衛部隊の頭上に降り注いでいく。
魔王城をめぐる、最後の戦いが始まった。
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