9―9「荒城(こうじょう)」

 連合部隊は、魔王軍によって制圧された地域を奪還しながら進み続けた。


 その進軍は順調で、連合部隊は現れる魔物たちの小規模な軍勢を蹴散らしながら、アロガンシア王国へと進み、進軍の目的であった、多くの街道が集まる交通の要所を制圧することに成功した。


 連合部隊の進軍が順調だったのは、魔物たちは今もクラテーラ山から湧きだす様に姿を現してきていたが、諸王国に侵攻していた主力部隊を短時間の間に失ったことにより、一時的に連合部隊に対抗し得る規模の軍勢を全て失っていたからだった。


 残されていたのは、どこかに隠れている人間たちを探し出すための部隊や、後方を警戒するために残された部隊、それから本隊からはぐれた魔物たちだけで、まとまった大軍である連合部隊に抵抗する術を持っていなかった。


 連合部隊は予定通り、アロガンシア王国の王都、ホビアルを占領し、街道を確保した。


 ホビアルは、諸王国の中でもっとも規模の大きな国家であるアロガンシア王国の王都として長く栄え、その繁栄ぶりと、長大な城壁、そして幅が広く深い水堀で知られていたが、長い時間魔物たちに占拠されていたために徹底的に破壊され、見る影もない状態だった。

 多くの人口を誇った城下は焼き払われ、叩き壊されて、運河としても機能していた水堀は打ち壊された城壁で完全に埋め立てられていた。


 連合部隊には、あわよくばアロガンシア王国のかつての王都であるホビアルを今後の戦いのための後方基地として使用できれば、という思いがあったが、それは叶わぬ願いとなった。


 連合部隊はホビアルの惨状を目にした後、とにかく今後の補給に必要な街道の確保だけを済ませると、針路を北方に取り、進軍を再開した。


 途中、比較的大きな魔物の軍勢と遭遇して戦闘状態に入ったが、連合部隊はこれを撃破し、かつて魔王軍を食い止めようと人類軍が激しく抵抗した巨大な城塞、ウルチモ城塞の跡地へと到達した。


 ウルチモ城塞は、これまでに目にしてきた光景からも予想できた通り、荒れ果てていた。


 落城した後、魔王軍はウルチモ城塞を自分たちの拠点として利用したりはせず、破壊することを選んだ様だった。

 高くそびえたっていた分厚い城壁は破壊されてしまっていたし、多数の軍勢を受け入れるために作られていた建物は失われ、瓦礫が散乱するだけとなっていた。


 連合部隊はここまで順調に進軍してきていたが、同時に、疲れもしていた。

 戦えば勝ち、立ちはだかる魔物たちを蹴散らしてここまでやって来たのだが、途中の街や村、城など、「ゆっくりと屋根の下で休める」様な場所は魔物たちによって徹底的に破壊され、兵士たちはもう長い間テントで生活し、酷ければ野宿をくり返していた。


 行軍を急いでいたということもあり、兵士たちの顔には疲労の気配が色濃くにじみ出ていた。


 魔王ヴェルドゴが座する魔王城に攻めかかる大事な戦いを前にして、この様な状態では満足のいく戦いをすることはできない。

 そう判断したエフォールは、ウルチモ城塞の跡地で今後の戦いの拠点となる様な宿営地を作り、兵士たちに休息を取らせることとした。


 連合部隊は魔王軍の襲撃に備えて野戦築城を開始し、堀を作り、掘った土で土塁を築くのと並行して、テントを張り、掘っ立て小屋を建てて、魔王軍と戦う間の仮の宿舎を作っていった。


 その作業を、すでに勇者として人々に認知されたサムも手伝った。

 魔王を倒さねばならないという大事な役割があるため、作業を手伝うよりも休んで英気を養って欲しいと、エフォールを始めサムが手伝おうとした兵士たちからもそう言われたが、サムは自分だけが休んでいる様な気分にはなれなかった。


 それに、サムはオークで、怪力の持ち主だった。

 仮とは言え、しばらくの間寝泊りをすることになる以上、宿営地の建設にはかなりの作業が必要だった。

 そんな中で、オークの怪力は大いに役に立ち、サムはあっちこっちで引っ張りだこの状態になっていった。


 やがて宿営地の建設がひと段落つくと、一行は自分たちにあてがわれたテントの前に集まり、焚火(たきび)を囲んで、夕食を作って一緒に食べた。


「なんだか、最初にここまで来た時のことを思い出すぜ」


 サムは、鍋で用意してもらった具だくさんのスープをがぶ飲みしながら、感慨(かんがい)深そうにそう言った。


「あんときゃ、奴隷扱いだったっけな。だだっ広い馬小屋に通されてよ。あれからずいぶんと経ったが、まぁ、いろいろ、変わっちまったなぁ」


 ウルチモ城塞は魔物たちによって破壊され、かつての姿はほとんどとどめていない。


 この戦いに人々が敗れ、世界が魔物たちの、暗黒神テネブラエの手に落ちてしまえば、世界中がこの様な姿となってしまう。

 サムは、一度食事の手を止めると、常に自分の側に置くようにしている聖剣を眺め、自分の役割と、そして、決意とを、心の中で再確認した。


「そうね。いろいろ、ここに来ると思わされるわ」


 サムの言葉に、ティアがそう言ったが、ティアはここ数日、ずっと元気がなく、今も憂鬱(ゆううつ)そうだった。


 ティアの憂鬱(ゆううつ)は、ウルチモ城塞に、そしてクラテーラ山に近づくほど、深くなっていた。

 その理由は、ティアは必死に、サムを生かして、世界も救う方法を探し続けていたが、そのための方法がまだ少しも見つからないからだった。


 そして、現在のこの状況を生み出すきっかけを作り出したのは、ティアが、自分の手で魔王を倒そうとしたせいだった。

 ウルチモ城塞の跡地まで来ることでどうしてもそのことを思い出して、ティアは、自身の無力さと愚かさに、自己嫌悪してしまうのだろう。


 心なしか、ティアだけではなく、ラーミナとルナも、落ち込んでいる様に思えた。

 リーンだけはいつもの様に無表情だったが、彼女もきっと、彼女なりに何かを考えているのに違いなかった。


「と、ところでよ」


 少々暗い雰囲気になったのを少しでも変えようと、サムは話題を変える。

 その矛先は、天空の祭壇から一行に同行するようになった2人のエルフ、デクスとシニスだった。

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