9-4「死地」
アクストに率いられたドワーフたちの間で喚声(かんせい)が沸き起こり、ドワーフの戦士たちがその鎧や武器を陽光に煌(きら)めかせながら、丘陵を駆け下りていく。
この突撃には、マハト王の直接の指揮下にあったドワーフたちも一部が加わってしまった。
さらに悪いことに、ドワーフたちの動きを「抜け駆け」と見て、同じく予備兵力として待機させられていた騎士たちの一部が、ドワーフたちを追って突撃を開始してしまった。
その騎士たちは、魔王軍によって蹂躙されてしまった諸王国の諸侯たちや、帝国貴族の子弟を中心とする一団だった。
自らの故郷を破壊され、従軍する中でその無残な光景を目の当たりにし、復讐(ふくしゅう)の念を強くした諸侯たち。
そして、帝国貴族の次男や三男、一族に伝来する領地を受け継ぐ権利を持たない故に戦いの中で名をあげ、自分の地位を新たに築こうと意気込む、血気盛んな若者たちだった。
血気にはやる兵士たちは、崩れて南側の丘陵へ退却していく魔物たちを追いかけ、連合部隊の左翼側から迂回するように、魔王軍の陣営へと向かって行く。
エフォールはこの動きを制止しようとしたが、すでに突撃中だった各隊はエフォールの命令を受け入れなかった。
この攻撃は、一見するとうまく行っている様に見えた。
命令無視をしてまで突撃を敢行した者たちだったから、皆、腕に覚えのある優秀な兵士たちばかりだった。
おまけに、魔王軍の陣営は退却してきた第1波を受け入れるためにやや隊列を乱しており、命令無視をした部隊の攻撃に押し込まれている様に見えた。
この状況を見て、エフォールに総攻撃をするべきだ、という意見が殺到した。
だが、エフォールは同意しなかった。
今突撃すれば勝てるかもしれなかったが、もう少し魔王軍にダメージを与えてからでないとこちらの損害も多くなり、魔王城までの進軍が困難になると思われたためだった。
しかし、突出していった部隊を見捨てるわけにもいかなかった。
「アルドル3世。申し訳ないが、突出していった部隊を救出して欲しい。兵力は、貴殿の配下の全軍。予備兵力としてお預かりしている貴国の騎兵部隊も、貴殿の指揮下にお戻しする」
「承知した」
エフォールの本陣で彼と共に戦況の推移を見守っていたアルドル3世はうなずくと、本陣を出て自身の馬にまたがり、兜を被(かぶ)って、指揮下の兵力に出陣を号令した。
「エフォール将軍、いや、皇帝陛下」
光の神ルクスに選ばれし者、勇者としてエフォールの本陣にいたサムは、アルドル3世が同じく騎乗したガレアと共に出撃しようとするのを見て、いてもたってもいられず、そう口を開いていた。
「魔王を倒すのが一番だってのは、俺だって分かっているつもりさ。だけど、ドワーフたちには、聖剣を直してもらった恩があるんだ。アルドル3世についていって、俺にも戦わせてくれ。……蘇った聖剣を見れば、兵隊たちも奮い立つに違いねぇ」
エフォールはサムの申し出に最初は難色を示したが、やがて同意した。
サムには、ティア、ラーミナ、ルナ、リーン、バーンという仲間がおり、今はエルフのデクスとシニスが、一行の中に加わっている。
パトリア王国軍がいれば突出していった部隊の救援には十分であるし、サムには実力のある仲間がいて、大きな危険は及ばないだろうという判断をした様だった。
実を言うと、エフォールはまだ、サムこそが本物の勇者であるという事実を、広く公表してはいなかった。
旅の過程で、パトリア王国のアルドル3世たちや、エルフやドワーフたちなど、その事実を知る者は増えてきてはいたが、「オークが勇者である」などということを信じる様な人間はまだまだ少なく、公表する機会を見失ってしまっていたのだ。
サムが前線に出て、聖剣を振るって戦う。
サムが勇者であるという何よりの証拠を人々に見せつけ、それを機会として、エフォールは事実を公表するつもりだった。
何のために戦うのか。
その戦いの果てに、犠牲の先に、勝利は望み得るのか。
それが分からなければ、盲目的に戦い続けることは難しいことだった。
魔王を倒せるというその可能性を示すためにも、サムと聖剣の存在は重要だった。
一行がアルドル3世に追いつくと、アルドル3世はサムたちの参加に特に反対をすることもなく、肩をすくめ、ただ「私とガレアの近くから離れない様に」とだけ命令した。
アルドル3世が一行の参加をすんなり認めたのは、一行が旅を続ける覚悟を認めてくれているのか、エフォールの意図を見抜いているのか、あるいはその両方かもしれなかった。
予備兵力として抽出されていた騎兵たちと合流し、総勢16000名の兵力となったパトリア王国軍は、突出していった部隊を救出するために前進を開始した。
連合部隊の左翼のさらに外側に展開し、隊列を組み、左側面と後方を騎兵で援護しながら、戦闘を続けている友軍部隊へ進んでいく。
突出していった部隊は、徐々に魔王軍からの包囲を受けつつある様だった。
彼らは果敢に戦い、一部では魔王軍の布陣を切り崩しつつあったが、魔王軍の布陣は厚く、突破することは難しい。
アルドル3世はパトリア王国軍を丘陵から下ろし、街道を渡り切ると、突出した部隊を包囲しつつある魔王軍に対し攻撃を開始した。
パトリア王国軍の兵士たちはまず弓と弩で攻撃し、一斉射を放った後、歩兵部隊が喚声(かんせい)をあげながら突撃を開始する。
その突撃に、アルドル3世とガレア、そして、サムたちの一行も加わった。
突出した部隊を包囲する動きを見せていた魔王軍は、意外なほどあっさりと道を開き、パトリア王国軍と突出していた部隊が合流することを許してしまった。
拍子抜けする思いがしたが、とにかく突出した部隊を救出し、後退させるために、アルドル3世と一行は指揮官たちを探した。
やがて、一行はアクストの姿を発見した。
アクストは、負傷していた。
まだ戦うつもりでいる様子だったが、その甲冑の隙間を魔物に貫かれたらしく、出血し、その部分に包帯を巻かれていた。
「アクスト殿、救援に参ったぞ! 貴殿には無念であろうが、今は退かれよ! 総攻撃は、もっと魔物どもの数を減らしてからになされよ! 」
アルドル3世からの呼びかけに、アクストは舌打ちし、罵詈雑言(ばりぞうごん)を放った。
しかし、それは、退却せよという命令に対してではない様子だった。
「くそっ、エフォール殿も律儀なお人よ! 命令違反など無視しておればいいのに! このままでは、貴殿らまで我らと共倒れぞ! 」
「何? それは、どういう? 」
「アレを見ろ! 」
アクストが指さした方角を見て、アルドル3世たちと一行は、仰天した。
何故なら、そこには魔王軍の大軍が布陣していて、すでに攻撃態勢を整え、突撃を開始しようとしていたからだ。
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