9-3「足並み」

 魔王軍は双子丘陵の南側へ展開を終えると、雪崩の様に連合部隊へと襲いかかって来た。


 狼の様にも見える、四つ脚で動きの素早い魔物たちが魔物たちの隊列から飛びぬけ、その後にゴブリンやオーク、リザードマンなど、有名で数も多い魔物たちが続く。

 そのさらに後方では、ミノタウロスなどの比較的大柄な魔物たちが足音を響かせながら突撃してきていた。


 異形の怪物たちが、おぞましい雄叫びをあげながら突っ込んでくる。

 その光景に、多くの兵士たちが息をのみ、冷や汗を浮かべた。


 魔物たちは、突っ込んでくるだけではなかった。

 空には翼を持った魔物たちが飛び回り、丘の稜線(りょうせん)の向こうでは、列を組んだ巨人たちが上半身だけをあらわにし、人間よりも大きな石を振りかぶって投げつけてきていた。


 魔王軍の攻撃に、連合部隊も反撃を開始する。


 空から襲いかかってくる魔物に対しては弓や弩、魔法で反撃し、巨人族が投げつけてくる石には主に魔法で対処し、不可視のシールドを張って空中で砕くか、叩き落とす。


 魔物たちの先頭が南側の丘陵から降り、2つの丘陵の中間に作られた街道を超え、連合部隊の布陣する北側の丘陵へと登り始めると、連合部隊は弓と弩で反撃を開始した。


 人間たちが築いた野戦陣地は、丘の斜面を削って魔物たちの通行が困難な断崖とし、それを幾重にも連ねることで強化したものだった。

 短時間で応急的に構築されたものだったが、魔物の通行が容易な場所をいくつか残しておき、押し寄せてくる魔物たちが限られた場所から少数ずつしか突撃して来られないように工夫がされている。


 連合部隊は、幾重にも連ねて作った断崖の奥に、歩兵部隊の大型の盾を集めて作った簡易的な城壁を築き、その城壁の合間から弓と弩で魔物たちを狙撃した。


 弓は速射性が高く、弩は威力に優れていた。

 中でも、数で主力を占める帝国軍は弩を標準的な武装として用いており、諸王国で使用されているものよりもさらに強力で、それを扱う兵士たちは十分な訓練を受けていた。

盾の合間から狙いをつけ、帝国の弩兵たちは次々と、比較的防御が固いとされる魔物たちでも撃ち抜いていった。


 これまでの戦いから明らかだったが、魔物たちは自軍の損害など、ほとんど気にかけていなかった。

 先頭を切って突っ込んでくる四つ脚の魔物たちは反撃を引きつける囮、少数が敵陣に到達してかく乱できれば十分という扱いで、後続するゴブリンやオーク、リザードマンの数の多さと、その後方に続く大柄で強力な魔物たちの破壊力で、連合部隊の陣地を蹂躙(じゅうりん)しようというつもりでいるらしい。


 人間たちが築いた断崖の障壁は、ゴブリン程度の小柄な魔物には十分すぎるほど有効だったが、オークやリザードマンといった魔物には、侵入を阻止するという効果は得られない様だった。

 それでも、連合部隊の陣地に到達するまでの時間を稼ぐ役には立ち、兵士たちは多くの魔物を討ち取った。


 だが、最後には、魔物たちの先頭が連合部隊の陣地へと到達してしまった。

 魔物たちは味方の死体を踏み越え、断崖をよじ登り、盾で作られた臨時の城壁を蹴散らし、兵士たちへと襲いかかった。


 兵士たちは槍衾(やりぶすま)を組み、槍の穂先(ほさき)を並べ、魔物を迎え討つ。

 オークの様に、人間の武器がほとんど通じない様な魔物もいたが、連合部隊には多くの魔術師たちが従軍しているおかげで兵士たちにはバフの魔法がかけられており、防御の固い魔物たちにもある程度効果があった。


 そして、槍衾(やりぶすま)で魔物の動きを止めると、丘の上の方に後退していた弓兵、弩兵が、魔物たちを狙撃した。

 リーチの長い槍兵たちに対して十分な反撃ができずにいた魔物たちはこの攻撃で次々と屍へと変えられ、連合部隊は魔物たちの突入前の位置まで前線を押し戻すことに成功した。


 突撃に加わっていたミノタウロスや大型の魔物がまだ残ってはいたが、隊列を崩さず、維持し続けていた連合部隊の兵士たちはこれを数で圧倒し、孤立させて、撃破していく。


 弓兵、弩兵からの集中射撃を浴び、無数の矢が突き刺さったミノタウロスが、悲鳴をあげながら、地響きを立てて倒れていった。


 連合部隊の強固な守りを前に、魔物たちの第1波は退却を開始した。

 多くの兵士たちが魔物たちの退却に釣られて陣地から飛び出そうとしたが、エフォール将軍はすぐさま伝令を送り、魔法珠を使った連絡で魔物たちを追撃しようとする指揮官たちを押しとどめた。


 確かに魔王軍は崩れて退却を開始したが、それは第1波に過ぎなかった。

 丘陵にはまだ多数の魔物たちがひしめいており、このまま、野戦陣地を有効に活用して、魔王軍を消耗させていこうというのが、エフォールの考えだった。


 夜襲を否定したことといい、エフォールの指揮は消極的なものに映った。

 これは、連合部隊にはこれからさらに進軍し、魔物たちの抵抗を排除して、勇者であるサムを魔王城まで到達させなければならないという役割が存在するためだった。


 今、無理をして、大きな損害を出すことは避けたいことだったのだ。


 だが、エフォールのこの慎重な指揮を好まない者たちは多かった。


 連合部隊の足並みは、そろわなかった。


 前線にあった兵士たちの多くは元々帝国の兵士たちであり、以前から優秀な将軍として知名度があり、帝国の内戦で帝国軍の第3軍団と第5軍団から挟撃される状況で、奇跡としか思えない様な鮮やかな勝利を得て、正式に皇帝の冠(かんむり)を戴(いただ)いたエフォールの指揮に異存などあるはずが無かった。


 しかし、元々の帝国の将兵でなかった者たちは、違っていた。


 中でも突出した動きを示したのは、ドワーフの戦士団の内で3000名ほどの指揮をとっているアクストの部隊だった。


 アクストとその配下のドワーフの戦士たちは、ドワーフの中でもとりわけ若く、勇猛な者が多かった。

 ドワーフの谷の入り口に築かれた城塞を守備していたアクストとその配下の戦士たちは前線で先陣を切って戦うことをこそ臨み、予備兵力という立場を少しも喜んではいなかった。


 エフォール将軍がドワーフたちを予備兵力としたのは、ドワーフたちの勇猛さと高い戦闘能力から、勝敗を決する重要な局面で、強力な打撃力を発揮できる精鋭部隊だと期待していたからだった。


 アクストたちもそのことは頭では理解していたのだが、夜襲を否定されていたこともあり、不満も持つようになっていた。


 そんな状況で、アクストらは自らの配下を率い、エフォールからの命令もないまま、崩れた魔物たちを追って突撃を開始してしまった。

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