9-2「激突」

 双子丘陵と呼ばれているのは、バノルゴス王国の国境がある北西から、バノルゴス王国の王都プルトスがある南東に向かってのびている街道の両脇、街道を挟んで北と南にある丘陵のことだった。


 北西方向から進軍してきた連合部隊は北側の丘陵に部隊を移動させ、魔王軍との戦闘に備えて臨時の陣地の構築を開始した。


 周囲はかつて森林地帯だったが今は草地となっており、柵などを作るために利用できる木材は少なかった。

 代わりに、連合部隊の兵士たちは地面を掘り、丘陵の斜面に断崖を作ることで魔物たちの侵入ルートを制限し、少しでも迎撃しやすい形を作ろうとした。


 エフォールは即席の陣地の構築を進めるのと並行して後方に伝令を飛ばし、後続部隊に急いで戦場まで前進してくるようにと命じ、長期戦になる場合にも備えて、後方の兵站組織に補給の準備と増援部隊の編成を行う様に命令した。


 やがて、南東の方角から魔王軍の本隊が姿を現した。


 双子丘陵の北側の丘に布陣した連合部隊から魔王軍の先頭部隊が視認できたのは、もう少しすれば夕暮れが始まるという時間帯だった。


 この時点で、連合部隊はその兵力の8割程度が双子丘陵まで進出し、地面を掘ることで作られた陣地も、おおよその形ができ始めていた。

 これに対し、魔王軍はまだ先鋒の一部が到着したのみであり、そのわずかな軍勢だけで攻撃をしかけるのは無謀だと判断するだけの知能を持ち合わせていた魔物たちは、一度前進するのを止めて、連合部隊からやや距離を取って様子見に入った。


 両軍は夜を迎えたが、まだ交戦はしなかった。


 魔王軍はまだ集結する途中で、兵力の集中という点で人類側に有利な状況ではあった。

しかし、バノルゴス王国に入ってから行軍するペースを速めていた連合部隊には疲労が見え始めており、夜間で視界も悪い状況では有効な戦いは挑めないだろうと、エフォールは消極的な作戦を取った。


 また、魔王軍の方でも、まだ部隊の大部分が後方にあり、すでに野戦陣地を構築して防衛準備を整えている連合部隊に対して攻撃をしかけるのは無謀だと、行動を起こすことは無かった。


 積極的に攻撃するべき、と、魔王軍に対する夜襲を提案した者もあった。

 ドワーフの戦士団の内で3000名ほどを率いて従軍しているドワーフの戦士、アクストだ。


 マハト王に随行(ずいこう)して作戦会議に出席していたアクストは、魔王軍の機先を制し、今すぐに夜襲をしかけ、その先鋒部隊を撃破するべきだと主張した。

 魔王軍はまだそのほとんどが到着しておらず、素早く一撃を加えれば容易に打ち崩せるし、全面衝突の前に敵の数を減らしておけば有利になるというのが、アクストの意見だった。


 実際、双子丘陵に到着していた魔王軍の数は、この時点ではそれほど大きくはなかった。

 せいぜい数万程度で、一応隊列らしきものは組んでいる様だったが、その実際は無秩序にたむろしているだけだ。


 このような敵であれば少数の夜襲でも簡単に崩せるし、戦果もあがる。

 決戦を前にして勝利しておけば、兵士たちの士気も上昇して、魔王軍に対してより優位に戦える。

 アクストはそう主張し、作戦会議に参加していた諸侯の幾人かも同調して、夜襲に参加することを申し出てきた。


 しかし、エフォールはこの意見を採用しなかった。

 戦術上有効であることは間違いなかったのだが、エフォールは連合部隊であるが故の連携の悪さを危惧し、最悪の場合、味方同士での同士討ちや、夜襲を行った部隊が孤立して壊滅するといったことが発生するのを憂慮して、夜襲を行わないこととした。


 アクストは、ならばせめてドワーフの戦士団単独でやらせてくれ、そうすれば他部隊との連携も問題とならないはずだと主張したが、これには、夜襲に参加することに賛成していた他の諸侯たちから反発する声があがった。

 先駆けの戦功をドワーフが独占するのかという声があり、故郷を追われて来た諸侯たちからは、復讐の機会を奪うつもりかという声があがった。


 一時、会議は紛糾(ふんきゅう)する事態となったが、アルドル3世、ドワーフの王であるマハト王、エルフの族長であるウォルンが間に入って仲裁することで、一応の収まりはつけることができた。


 決戦は翌日とし、今晩は十分に休息することとして、作戦会議は終了した。

 だが、結局、魔王軍に対する夜襲は実行されず、連語王部隊に参加している諸侯の間には、少なからず気まずい空気が漂(ただよ)うこととなってしまった。


 順風満帆(じゅんぷうまんぱん)とは言えない状況だったが、魔王軍と激突する瞬間は、眼前に迫っていた。


 夜が明け、辺りが明るくなり始めると、連合部隊の眼前には魔王軍の大軍が出現していた。

 魔王軍は夜間の間に続々と双子丘陵まで進出し、その数ですでに連合部隊を上回りつつある。

 まだその全戦力が集結し終えてはいない様だったが、それはつまり、今後さらに魔王軍には増援が到着して、その戦力が強化される、ということでもあった。


 対する連合部隊は夜間の間に全軍の集結が完了しており、これ以上の増援は望めない状況にあった。

 野戦陣地の築城が完了し、この点で魔王軍に対して優位に立ってはいたものの、夜の間に数では逆転されてしまっている。


 全てが完璧(かんぺき)とは言えない状況だったが、ここから勝利することができなければ、人間にも、エルフにも、ドワーフにも、未来は無い。


 決戦を前にして、連合部隊の陣容は、以下の様なものだった。


 右翼・帝国軍第2軍団を中核とする約40000名

 中央・帝国軍第1軍団を中核とする約40000名

 左翼・帝国軍第4軍団を中核とする約40000名

 予備・ドワーフの戦士団約8000名、人間の騎士・騎兵約40000名、パトリア王国軍約11000名

 支援・エルフ500名、魔術師1000名


 歩兵を中心とする軍団で戦線を構成し、機を見て、各部隊から抽出した騎士と騎兵、歩兵集団であるドワーフとパトリア王国軍を投入し、勝敗を決しようという布陣だった。


 この布陣の中で、光の神ルクスに選ばれし者、勇者であるサムは他の仲間たちと一緒にエフォールが設営した本営に配置され、双子丘陵における決戦に挑むこととなった。


 やがて、魔王軍が動き始めた。

 魔王軍の魔物たちは夜間で状況が十分につかめなかったために連合部隊からは距離をおいて布陣していたのだが、連合部隊が北側の丘陵に陣地を築いて臨戦態勢にあることを理解すると、自身も同じ条件に立って戦うべく、南側の丘陵へと進軍を開始したのだ。


 こうして、両軍の決戦が開始された。


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