第9章「魔王」

9-1「双子丘陵」

 サクリス帝国軍、パトリア王国軍、ドワーフの戦士団、エルフの魔術師たちから成る連合部隊は、パトリア王国を出発すると、街道に沿ってバノルゴス王国へと進路を取った。


 一定の速度で進み、疲労の蓄積を少なくし、進軍の効率を上げるためにドラムでリズムを取って兵士たちは進み、途中、小規模な魔物の軍勢と遭遇してはこれを撃破し、連合部隊は順調にバノルゴス王国へ向かって進んでいった。


 連合部隊の進軍は大きな遅延もなく、事前に建てられた予定通りか、それ以上の早さで進んでいき、その大軍を前に小規模な魔物の軍勢の数々は追い散らされていった。

 戦況は人類側にとって優勢である様に思えはしたものの、しかし、本当の意味で楽観的になることができた兵士は、ほとんどいなかった。


 魔王軍による侵略にさらされた旧諸王国の様子は、かつてのその姿を知る者からすれば、大きく様変わりしてしまっていた。


 村や街は魔物たちに破壊され、略奪され、焼かれて、炭(すみ)になった焼け焦げた柱が林立するだけであり、畑は踏み荒らされ、作物は食い荒らされて、無残な姿となっていた。

 そして、人々を守るために築かれた城や砦は、魔王軍によって破却(はきゃく)されて廃城となるか、魔物たちの棲み処とされてしまっていた。


 中でも、行軍する兵士たちの心胆を寒からしめたのは、魔物たちの犠牲となった人間たちの姿だった。


 魔王軍は、支配下に置いた領域で、意図的に、そして、効率的に、人間を絶滅させようとしていた様子だった。

 街道沿いの木々には、首つりで処刑された人間の犠牲者たちの姿がいくつも見られ、道端には埋葬されることもなく無残な姿をさらす遺体が、数えきれないほど放置してあった。


 中でも酷かったのは、比較的大きな街にあった光の神ルクスを信仰する教会の中で、折り重なるようにして倒れていた遺体たちだった。

 老人や女子供がほとんどで、恐らく、教会に避難してきたものを、魔物たちが外から閉じ込めて火を放ち、焼き殺した様だった。


 そして、教会の外には、数百もの兵士たちの遺体がさらされていた。

 おそらく、その兵士たちは避難民を守るために戦った兵士たちで、その目的を果たせず、力尽きてしまった様だった。


 連合部隊は、進軍する道中で、これと同じ様な惨劇の形跡を、いくつも目の当たりとすることになった。


 それは、魔物たちが意図的に放置していったものである様だった。

 街道を進む人間たちに対し、その運命を暗示し、恐れさせて、抵抗しようという意思をくじこうとしたのだろう。


 兵士たちは魔物たちが示した残虐性に憤り、必ず魔王軍を討って、復讐(ふくしゅう)を遂げようと誓い合った。


 だが、内心では、恐れもした。

 魔物の残虐性、そして、その強大さ。

 敗北すれば、自分たちにもあのような無残な最期が待っているのだ。


 それでも、連合部隊は進軍を続けた。

 魔王軍と戦って、勝利しなければ、世界中でこれと同じか、それ以上の惨劇がくり広げられることになるからだ。


 生き延びるためには、戦わなければならなかった。


 やがて、連合部隊はバノルゴス王国の国境へとさしかかった。


 そこでは、あまり大きな戦いが行われた形跡は無かった。

 ただ、国境にあった街や、バノルゴス王国の砦は魔物たちの手によって徹底的に破壊されてしまっていたから、魔王軍の大部隊がここを通過したことは間違いない様だった。


 おそらく、バノルゴス王国のディロス6世は、国境で魔王軍を迎え討つことはせず、その兵力を王都周辺に結集させて、魔王軍に対抗しようとしたのだろう。

 それは、焼け跡の中に人間の遺体がほとんどなく、また、戦闘に有用そうな物資のほとんどが持ち出された後に火をかけられた形跡があったから、間違いはないはずだった。


 アロガンシア王国を完全に占領下においた後、魔王軍は2手に別れ、パトリア王国とバノルゴス王国を攻撃した。

 パトリア王国に対しては有力な一部隊を、そして、バノルゴス王国へはその本隊が向かったということは、戦闘が始まる前に得られた情報で分かっている。


 そして、バノルゴス王国に向かった魔王軍の本隊は、まだバノルゴス王国から引き返してきていない様子だった。

 それは、ここまで連合部隊が小規模な魔物の軍勢としか遭遇していないことと、魔王軍本隊だったと思われるような、多数の魔物の死体を発見していないことから予想できた。


 魔王軍は、アロガンシア王国からバノルゴス王国へ向かって侵攻し、そして、まだ帰還していない。

 バノルゴス王国の制圧に手間取って、まだ戦いが続いている可能性が出てきたことで、連合部隊は進軍の速度を速めた。


 運が良ければ、バノルゴス王国の残存戦力と共に魔王軍の本隊を挟撃できるかもしれないからだ。

 前後から挟み撃ちにすることができれば、正面から戦いを挑むよりもずっと勝率を高くすることができる。


 だが、にわかに大きくなったその希望は、儚(はかな)く潰(つい)えることとなってしまった。


 連合部隊がバノルゴス王国に入り、その王都である「プルトス」に向かって進軍を続けて2日後、進行方向の状況を把握するために先行させていた軽騎兵たちから、魔王軍の大部隊が、街道をこちら側に向かって進軍して来るという報告が寄せられたからだ。


 魔王軍の総数は不明だったが、小規模な軍勢などではなく、少なくともパトリア王国を攻撃していた魔王軍よりは数は多いということだった。


 その報告を得た時、連合部隊はちょうど、左右をなだらかな丘陵に挟まれた場所を通過している最中だった。

 そこはかつて地元の人々から「双子丘陵」と呼ばれていた場所で、大昔は森林地帯だったが、良質な木材を採取するために木々が伐採されて草地となった、見晴らしの良い場所だった。


 大軍同士がぶつかり合うには、悪くない場所だ。


 連合部隊の総指揮官であるエフォールは臨時の作戦会議を開き、この場所で魔王軍を迎撃することを決定すると、配下の軍勢に対し、即座に布陣し、可能な限りの応戦準備を整えることを命じた。


 連合部隊はとうとう、魔王軍の主力部隊と対決する時を迎えようとしていた。

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