8-26「進軍」
帝国軍の到来は、パトリア王国の危機を救っただけではなく、魔王を倒す、その糸口にもなり得ることだった。
エフォール将軍はその指揮下に約15万もの軍勢を有し、帝国から諸王国へと進出し、途中、魔物の軍勢を蹴散らしながら、パトリア王国まで到着してきた。
その兵力はパトリア王国軍の10倍近くにも及び、これだけの大兵力があれば、クラテーラ山にある魔王城に向かって前進することも、不可能ではないはずだった。
帝国は内戦によって傷つき、100万以上と言われた動員可能兵力の全てを魔王軍との戦いに投入することのできる状況には無かったが、それでも、現在も帝都ウルブスに兵力を終結させており、すくなくともさらに数十万の増援を諸王国へ向けて出発させることができる。
つまり、ウルチモ城塞での敗北以降、魔王軍の攻撃を押しとどめることさえできなかった人類側に、反撃を行うチャンスが生まれたということだった。
帝国が最初から動いてくれれば、という思いは、諸王国を守って戦ってきた人々の中には当然、少なからず存在していたが、今はとにかく、帝国が動き、本腰を入れて援軍を出してくれたことを生かし、この、魔王軍との戦争に勝利するために行動することの方が優先だった。
アルドル3世はエフォール皇帝とその幕僚たちを招き入れ、サムたち一行を交えて、今後の方針を話し合うべく、作戦会議を開いた。
人類が魔王軍に勝利するための唯一の手段は、光の神ルクスに選ばれし者、勇者であるサムを魔王城にまで到達させ、サムが魔王ヴェルドゴを倒すことだ。
魔王は魔物たちを統べる王であり、その魔王を倒し、暗黒神テネブラエが支配する世界と通じる通路を再び封じなければ、魔物たちは魔王軍として、人類の脅威であり続ける。
だが、魔王さえ倒すことができれば、魔物たちは統率を失ってその脅威は大きく減じ、クラテーラ山のから魔界へと通じる門も閉じられるはずだった。
そうすれば、少なくとも次に魔王が復活を遂げようとするまでは、この世界に平和がもたらされる。
作戦会議で話し合われた論点は、どうやってサムを魔王城まで送り届けるか、ということに絞られていた。
パトリア王国軍を中心とする諸王国の残存戦力をかき集めただけでは、魔王城に接近することさえ難しいことだったが、帝国からの援軍を得たことで、人類側は魔王城に向かって進軍することが可能になったと思えた。
帝国軍には、魔法学院から選ばれた数多くの魔術師たちが同行していたし、エルフの族長のウォルンが率いる500のエルフたちが到着したことで、魔王城に向かって進軍するという方針は現実味を増して来ている。
問題となったのは、現在諸王国の大部分を占拠している魔王軍の総兵力がどれほどになるのか、人類側が魔王城に進軍するまでにどれだけの魔物たちが新たに魔王軍に加わるか、ということだった。
魔王軍の総兵力がどの程度で、どこにどれだけの規模で展開しているかがある程度でもいいから分からなければ、魔王城まで進軍することはおぼつかない。
敵がどこにいるのか分からなければ攻撃のしようが無かったし、魔王城まで進軍する途中で、思わぬところから伏兵に遭うことも考えられた。
だが、魔王軍は支配下に置いた地域で人間狩りを実施しており、魔王軍の占拠するところとなった地域に暮らしていた人々は魔物たちに殺害されるか、捕まって奴隷にされるかしているため、魔王軍がどの様に展開しているかという情報はほとんど得られていなかった。
防戦に手いっぱいで偵察の兵士を派遣することも満足にできなかったし、生き残った人々から口伝てに情報を得ることもできていない。
少なくとも、魔王軍は旧アロガンシア王国領を拠点として、パトリア王国に主要な1軍を差し向け、本隊はバノルゴス王国に向かった、ということだけは分かっている。
バノルゴス王国の戦況は、相変わらず、不明なままだった。
魔法を使った遠距離通信も不通なままだったし、直接伝令でやり取りを行うことは、不可能になってずいぶん時間が経過している。
バノルゴス王国がまだ戦い続けているかどうか、問題なのは、それが不明な点だった。
バノルゴス王国が健在か、滅亡しているのかはっきりすれば、パトリア王国軍、ドワーフの戦士団、エルフたち、そして帝国軍の大兵力から成る連合部隊の行動方針も決めることができる。
バノルゴス王国が健在なら、バノルゴス王国軍と連携して魔王軍の本隊を挟撃し壊滅させることも可能だった。
また、バノルゴス王国が滅亡している、とはっきりしていれば、こちらは魔王軍の本隊とどこでぶつかり、どのように倒すかを考えればいい。
だが、状況がはっきりしない以上、様々な状況を想定した行動方針を立てなければならず、結果、連合部隊の行動には無駄ができてきてしまう。
パトリア王国周辺の魔物たちを駆逐しながら、帝国からのさらなる増援を待って反撃に転じるという手段が、確実性という点では大きいように思えた。
しかし、バノルゴス王国がもし未だに戦い続けているのなら、救援しようともせずに静観することは、問題となる行為だった。
それは、主に道義的な理由だった。
救援できるだけの実力を持つのにもかかわらず、見捨てるということは、後々に禍根(かこん)を残すかもしれなかった。
バノルゴス王国から逃れてきた生存者たちは、バノルゴス王国を見捨てた連合部隊を恨むかもしれなかったし、そもそも、勝利のために同胞を見殺しにしたという事実が、しこりとなって人々の心の中に残ることとなる。
こうして、一晩かけたのち、作戦会議で今後の連合部隊の行動方針が決定された。
連合部隊は、その全力を持って前進し、まずはバノルゴス王国を救援する。
バノルゴス王国が健在ならば、バノルゴス王国軍と協力して魔王軍の本隊を捕捉して撃滅する。
バノルゴス王国がすでに滅亡しているのなら、途上で接触するだろう魔王軍と正面から対決する。
要するに、手探りでもいいから進むという、確実性という点から言って不安の残る作戦だった。
だが、まだ戦い続けているかもしれないバノルゴス王国を見捨てるという決定を下すことは、誰にもできなかった。
これは道義的な理由だけではなく、連合部隊が参加した各勢力の統治者たちの合意のもとに行動するという、明確なリーダーを持たない、強い命令権の無い寄り合い所帯という構造を持っているためでもあった。
名目上、連合部隊の総指揮は最大兵力を有するエフォールがとることに決められてはいたものの、国も種族も異なる同盟者に対して、頭ごなしに命令する権利を持ってはいない。
とにかく、光の神ルクスの勢力に属する種族たちは長い時を経て、再びその力を結集し、魔王ヴェルドゴへ挑む意志を鮮明なものとした。
そして、数日後、全ての準備を整えた連合部隊は、パトリア王国からサクリス帝国へと逃れる避難民たちを送り出した後、進軍を開始した。
その進軍目標は、第一にバノルゴス王国。
そして、最終的には、魔王城だった。
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