8-25「帝国軍」

 突撃する騎士たちは、皆、サクリス帝国の所属であることを示す紋章が描かれた布を身に着けていた。


 誰もこの場に帝国軍が現れることを予想してはいなかったが、帝国からの救援が到着したということで間違い無かった。


 騎士たちの頭上を飛び越え、魔術師たちが放った魔法が魔物たちに炸裂し、魔物たちが隊列を乱したところに騎士たちがなだれ込んで、一気に追い散らしていく。

 騎士たちの後方にはさらに帝国の軍旗をかかげた歩兵部隊が後続しており、まだ息のある魔物にトドメを刺しながら、魔王軍の陣地を制圧していった。


 王都パトリアは、そこに籠もるパトリア王国軍の数倍もの魔物たちに包囲されていたが、その包囲陣の後方から攻撃を開始した帝国軍は、その魔王軍の大軍よりもさらに多い数をそろえてきている様だった。

 しかも、帝国軍の将兵は十分な装備を持った者ばかりで、魔王軍に対し、後方から奇襲を行ったというだけでなく、数でも上回り、魔物たちを圧倒していった。


 帝国軍に追い散らされていく魔物たちを見て歓声をあげていたパトリア王国軍も、帝国軍の動きに呼応して城門を開き、一気に魔王軍を撃退するべく出撃した。

 ただでさえ、予想していなかった帝国軍の出現に混乱していた魔王軍はパトリア王国軍にも挟撃されてはなす術もなく、大損害を出し、散り散りになりながら逃げ去って行った。


 パトリア王国軍と帝国軍は、退却する魔王軍に対して追撃戦を実施した。

 魔物たちの中でも強力な個体や種族などは踏みとどまって抵抗を試みたが、いくら強力な魔物でも少数では人間側の攻撃に対処することなどできず、次々と倒れ、そして、逃げ遅れた魔物たちもその多くが屍(しかばね)をさらすことになった。


 魔王軍の主要な集団のほとんどを討ち取ったパトリア王国軍と帝国軍は、過度に深追いすることを止め、日が傾くより前に王都へと凱旋(がいせん)した。


 アルドル3世はそこで、帝国から大軍を率いて救援に駆けつけてくれた将軍、今は正式に戴冠(たいかん)してサクリス帝国の帝位についたエフォールを出迎えた。


 一行が最後に帝国を旅立った時、帝国では、イプルゴスを中心とする勢力と、エフォール将軍を中心とする勢力の2派に別れて、内戦が始まるという状況だった。


 サクリス帝国は巨大な国家であるだけに、その内戦は長期間に及ぶだろうと、誰もがそう考えていた。

 だが、エフォールは短期間で帝国の内戦を終結させ、大軍を率い、魔王軍と戦うために諸王国へと進軍してきたのだ。


 エフォールは、帝都ウルブスで、イプルゴスの扇動に応じて動き始めた帝国第3軍団と第5軍団から挟撃されつつあり、その形勢はかなり不利なものだった。


 その状態から短期間で勝利を手にし、帝国の内乱に決着をつけ、皇帝に即位して帝国をまとめ上げ、諸王国へ自ら軍を率いて救援に駆けつけることができたのは、エフォールが示した卓越した軍事手腕に拠るところが大きかった。


 帝都ウルブスを出撃したエフォールは、その宣言通り、短期間のうちに向かってきていた2つの軍団を各個に撃破し、帝都ウルブスへと凱旋(がいせん)したのだ。


 帝都の人々は当時、大きく動揺していた。

 イプルゴスによるクーデターと、皇帝の死、そしてイプルゴスとエフォールの2派に別れての内戦の勃発と、ほんのわずかな間に目まぐるしく状況が変わり、その中で、長年に渡る平和の中で暮らして来た民衆は混乱し、不安の中にあった。


 そして、帝国軍の第3軍団と第5軍団が帝都に向かって進軍を開始したことで、人々の不安は頂点に達しつつあった。

 かといって、わずか数日の間に状況が急変した状況で、人々は一つのまとまった方針を取ることもできず、ただただ、右往左往するばかりだった。


 そうしているところに、エフォール率いる帝国第1軍団が、第3軍団と第5軍団と連戦し、自身に倍する軍勢に圧勝したという報告が届くと、人々の動揺は一気に収まって行った。


 誰もが、エフォール将軍にとって状況が不利であるという風に思っていた。

 だが、エフォールはその状況を覆(くつがえ)し、イプルゴスに味方することを選んだ2つの軍団を、ほとんど一方的に撃破して見せたのだ。


 この勝利は、もちろん、偶然ではなかった。

 第1軍団の軍団長として活動してきたエフォールは、帝都周辺の地形をよく研究し、外敵が帝国の奥深くまで侵攻してきた事態に備えて、入念に準備を行ってきていた。

 その準備が役に立ち、エフォールは第1軍団を率い、敵に気づかれることなく、しかも迅速に進軍し、エフォールが打って出てくることは無いだろう、そう油断していた敵軍を奇襲して、次々と打ち破ったのだ。


 エフォールの勝利には種もしかけもあったのだが、何も知らない民衆にとって、エフォールの勝利は「神の加護」であると思えた。


 混乱し、何を信じてよいのかと動揺して、不安の渦中にあった民衆は、エフォールの奇跡的な勝利を、エフォールの「正しさ」を示す何よりの証拠として信じ、熱狂的に支持するようになったのだ。


 帝国の内戦においては、当初、政治的な手腕に優れるイプルゴスが優位に立っていた。

 だからこそ、帝国の第3軍団と第5軍団という2つの大きな軍事力がイプルゴスの側についてエフォールを攻撃しようとしたのだが、エフォールのこの勝利によって、イプルゴスが有していた優位性は瓦解(がかい)してしまった。


 エフォールに「神の加護」がついていると信じた民衆は、イプルゴスがどれほど巧みな話術を用いようとも、その言葉に耳を貸さなくなってしまったのだ。


 加えて、イプルゴスは自分に味方しようとした帝国の2つの軍団を失ったことにより、エフォールに対してその軍事力で大きく差をつけられてしまった。


 イプルゴスは帝国宰相であり、大貴族で、1個人としては大きな財力と兵力とを持っていたのだが、帝都でのクーデターに失敗し、単身脱出したことでその配下の手勢の多くを失い、帝国の第1軍団を有するエフォール将軍に対して軍事力で全く対抗できない状況となってしまったのだ。


 人々の多くがエフォールの正しさを信じるようになったことで、残っていた帝国第2軍団と第4軍団がイプルゴスに味方する可能性は失われた。


 エフォールは民衆からの圧倒的な支持を受け、各地で義勇軍の参加を得ながらイプルゴスの領地へと進軍した。

 これに対抗するため、イプルゴスは密約をかわしていた魔物たちの力を借り、その力でエフォールと戦おうとしたのだが、これがかえってイプルゴスの致命傷となった。


 イプルゴスのこの行動は、自身が魔物と結びついているという疑惑を自ら証明するものとなり、帝国の人々の信頼を完全に失ってしまったのだ。


 孤立無援となったイプルゴスは、元々の家臣たちにも見限られ、最後には、魔物によって斬殺された姿で発見されたということだった。


 帝国の内乱は、こうして、誰もが予想しなかった短期間で終結し、戦いの中で人々から大きな信望を勝ち取ったエフォールは、再開された議会で新たな皇帝として選出され、帝国は魔王軍と戦うことを決定した。


 エフォールが帝国の大軍を率いて到着したことは、魔王と決着をつけようとする一行にとっても幸運だった。


 魔王軍に包囲されて、魔王城に接近することさえ望めない。

 そんな手詰まりの状況を打開する、その希望が見えてきたからだ。

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