8-24「打開策」

 魔王軍が攻城兵器を投入して実施した攻撃にも、パトリア王国軍は何とか耐え抜くことができた。


 東側の城壁では城門を突破されるなど危険な場面もあったが、他の方面の城壁では攻撃に参加した魔王軍の数が少なく、東側を攻撃していた魔物たちが撃退される頃には、他の城壁でも魔王軍を退けることができていた。


 兵士たちは歓声をあげ、この勝利を祝った。


 だが、これで危機が過ぎ去ったわけでは無かった。

 魔王軍は相変わらず王都パトリアを包囲したままだったし、諸王国には、すでにパトリア王国にまとまった援軍を出せる様な大国は存在しない。

 最大の規模を誇ったアロガンシア王国はすでに滅亡し、その次に強大であったバノルゴス王国も魔王軍本隊の攻撃を受け、音信不通となっている。


 兵士たちは勝利に沸いていたが、城壁から降りてきたアルドル3世は表面的には笑っていても、その瞳の奥底には憂慮(ゆうりょ)を抱えたままだった。


「何とか、勇者殿を魔王城にまで到達させる方法を考えなければな」


 城門を守った立役者となり、兵士たちから称賛の声を浴びていた一行を集めたアルドル3世は、夜間、朝と連続して攻撃をしかけてきた魔王軍が退いたことをいい機会に、キアラとも今後のことを相談するべく王宮へと戻りながら、一行に向かってそう言った。


「この調子で行けば、我々はここ、王都を長く守り続けることができよう。しかし、魔王軍の根っこ、魔王ヴェルドゴを倒すことができなければ、我々に勝ち目はない。……ジリ貧だ。魔王を倒さない限り、魔物たちはほとんど無尽蔵に現れ、やがて、暗黒神テネブラエさえも、この世界に復活することになるだろう」


 パトリア王国軍は善戦してはいるものの、魔王軍の包囲を打開して、一行を魔王城があるクラテーラ山まで進ませるほどの力は持ってはいなかった。

 これからエルフたちも増援にやってきてくれるとは言え、王都をぐるりと取り囲んでいる魔物たちを一気に撃退することは難しく、例えこの包囲を解除させることができたとしても、魔王軍にはまだ、バノルゴス王国へと侵攻している本隊がある。


 ドワーフたちの精強な戦士団が加わっているとは言え、パトリア王国軍とエルフ、ドワーフが合同しただけでは、諸王国の大部分を支配しつつある魔物たちを退け、クラテーラ山までたどり着くことは望めない。

 戦えば、こちらは徐々に兵力がすり減っていくのに対し、魔王軍はクラテーラ山の火口に開いた、暗黒神テネブラエが支配する世界と通じる門を通り抜けて、魔物たちが湧きだして来るのだ。


「また、転移魔法は使えないのか? 」


 サムは、ウルチモ城塞を脱出した時も、エルフの住む天空の祭壇からパトリア王国へと戻って来た時も、魔法を使って一瞬で移動できたことを思い出しながらそう言っていた。

 どちらも完全に狙った通りの場所には転移できなかったが、それでも、クラテーラ山の近くへと転移することは可能なはずだった。


「いや、それは、不可能だろう」


 そう言ってサムの考えを否定したのは、デクスだった。


 デクスは「失礼」と断りを入れ、言葉を続ける。


「転移の魔法は、そう簡単にできるものでは無いのだ。数キロ程度の転移であれば、優秀な魔術師であればわずかな準備でも使用可能だが、ここからクラテーラ山までは遠く、少人数でも、送り届けるには多くの準備と、多数の魔術師が必要になる」

「けどよ、天空の祭壇から、ここまでは転移して来られただろう? 」

「あれは、天空の祭壇からだからこそ、できたことだ。あの場所は神々の住んでいた場所であり、魔力が豊富で、しかも、多くのエルフの魔術師が準備に協力することができた。……ウォルン様たちがエルフの魔術師たちを率いて来着すれば準備は可能となるだろうが、それでも、問題は残る。魔王城は廃墟同然となった今でも、強力な魔法によって守られている。天空の祭壇からここまで飛んできたように転移の魔法を使ったとしても、あらぬ場所に飛ばされる危険が高い。せめて、もっとクラテーラ山に近づくことができれば、やりようはあるのだが」


 サムは、そう言えば、と、思い出す。

 ウルチモ城塞から逃がされた時は短距離の転移でしかなかった。

 これは、キアラが一行だけでもどうにか逃がそうと、短い時間で準備しなければならなかったからためだ。


 そして、優秀な魔術師が多くいる魔法学院からパトリア王国へと戻るときは、転移の魔法は一切使われなかった。

 これは、内戦で混乱状態にある帝国では時間をかけて十分な準備をすることができず、転移の魔法を使える状況にはなかったからだ。


 転移の魔法は便利なものだったが、非常に高度なもので、少人数でも長距離を移動させるためには、多くの魔術師の力と、入念な下準備が必要なもの、ということであるらしい。


「ひとまず、キアラ殿にも相談してみよう」


 アルドル3世はそう言ったものの、デクスが指摘したとおり、パトリア王国からクラテーラ山の魔王城まで転移魔法で移動することは、難しい様だった。


 その時、一行がついさっき後にしてきた王都パトリアの東側の城壁で、兵士たちの声があがった。


「何だ、もう、魔王軍が攻撃を再開したのか!? 」


 アルドル3世はそう叫びつつ急いで城壁へと向かい、一行も兵士たちと一緒に駆け足でアルドル3世に続いた。

 正直、まともに休む間もなく戦いが続いて疲れてきていたが、のんびり休んでいる様な余裕も無かった。


 だが、城壁に近づくにつれ、どうやら、魔王軍が攻撃してきているわけでは無いらしいということが分かってきた。

 城壁の上の兵士たちは武器をかまえて応戦するでもなく、城外の様子を眺めながら、腕を振り上げ、旗を振り、歓声をあげている。


 戦いの音は、確かに聞こえて来ていた。

 だが、その音も城外から聞こえてくる。


 一行が城壁の上に駆け上がると、ようやく、何が起こっているのかがはっきりした。


 魔王軍が敷いていた王都パトリアの包囲陣に、陽光を浴びて、キラキラと輝く鎧を身に着けた軍勢が襲いかかっている。

 それは、全身を覆う板金鎧(プレートメイル)を身に着け、騎兵突撃用の槍であるランスをかまえ、軍馬にまたがった騎士たちだった。

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