8-23「私は、納得しない」

 サムが、自分が今、1人だけで戦っているということに気がついたのと、サムの背後から2人の人間が現れ、サムに襲いかかろうとしていた魔物たちを倒してくれたのは、ほとんど同時だった。


 それは、ティアと、ラーミナだった。


 2人はサムの左右に位置すると、それぞれの武器をかまえ、サムの側面に回り込もうとする他の魔物たちを抑え込む。


 サムが突然現れた2人の姿に、喜ぶよりもまず驚いていると、背後で、リーンが魔法の呪文を詠唱する言葉が聞こえる。

 直後、サムの頭上を火球が飛び越えて、ミノタウロスの顔面へと炸裂した。


 ミノタウロスは悲鳴をあげ、数歩後ろへとよろめきながら後ずさる。


「サムさん、バフをかけます、止めを! 」


 サムはおぞましい声で悲鳴をあげているミノタウロスを前に呆然としていたが、そのルナの声で我に返った。


 ミノタウロスは、強敵だった。

 その身体はオークよりも大きく、力は強く、サム1人だけで戦っていては、決して勝つことができなかっただろう。


 だが、仲間の助けがあれば、話は別だ。


 サムが聖剣マラキアを振りかぶると、それに合わせてルナがバフの魔法を発動させ、聖剣マラキアにさらなる力を与えた。

 聖剣はより一層まばゆく光り輝き、サムはその聖なる光に鼓舞されながら、ミノタウロスへと聖剣を振り下ろした。


 袈裟(けさ)切りに振り下ろされた刃は、ミノタウロスの肩、胸、腹、腰までを切り裂き、ミノタウロスの身体を切断しながら突き抜けた。

 サムの手には、ほとんど抵抗らしいものは感じない。

 ルナのバフの魔法を受けて力を増した聖剣は、その鋭さをさらに高められていた。


 血糊(ちのり)を溢れ出させながら、ミノタウロスの巨体が地鳴りのような音を立てながら横たわる。

 その手から零(こぼ)れ落ちたラブリュスが地面の上に落下し、その重みで地面に食い込んで突き立った。


 ミノタウロスを、倒した。

 サムはまだそう実感できないまま、その場に立ち尽くし、荒い呼吸をくり返した。


「お前たち! 破城槌(はじょうつい)に火をかけろ! その炎で、魔物たちの侵入を食い止めるんだ! 」


 城門から侵入しようとする魔物たちを食い止めた一行に、頭上からガレアの大声が降りかかる。

 ティアが「リーン! 」と声をかけると、すでに呪文を唱え始めていたリーンは炎の魔法を発動させ、城門の前に鎮座したままとなっていた破城槌(はじょうつい)へとその力を解き放った。


 破城槌(はじょうつい)は魔族たちの魔法によって守られていたはずだったが、城門をこじ開けたことでその役割を終えたと思われたのか、その魔族たちの魔法はすでに解除されていたようだった。

 そして、鉄で補強されているとは言っても、その基本的な部分は木材で作られている破城槌(はじょうつい)は、リーンの魔法を受けて一瞬で燃え上がった。


 炎は激しく吹き上がり、渦巻いて、城門を守るサムたちは思わず、顔を熱から守るために手でかばわなければならなかった。

 城門からなだれ込もうとしていた魔物たちも、その強烈な炎の熱を突破することができず、無理に飛び込んだものは次々に焼け死んでいった。


 その間に、城門には、ドワーフの戦士団が後方から援軍に駆けつけた。

 アクストが率いている一団で、休息をとるために一旦、城壁の上から退いていた部隊だった。


 ドワーフたちは火の神イグニスによって作られ、鍛冶の匠(たくみ)となれる様に特質を与えられているおかげか、炎には強い様だった。

 ドワーフたちはまだ燃え盛っている炎へと果敢に接近すると、炎が引火しない、建物の瓦礫(がれき)などから集めた石材などを積み上げ、開いてしまっていた城門を応急的に塞(ふさ)いでしまった。


 人間の奴隷たちを使って城内へと侵入した魔物たちも、あらかた方がついたようだった。

 一時は混乱状態にあったパトリア王国軍はその態勢を立て直し、再び組織的に、盛んな反撃を行っている。


 どうやら、この攻撃の山場は過ぎ去った様だった。

 そう思ったサムは、ほっとして、大きく胸をなでおろした。


 それから、自分を助けるために駆けつけてくれた4人の少女たちに向かって、礼を言う。


「ありがとうな、嬢ちゃんたち。おかげで、何とか助かったぜ」


 ラーミナ、ルナ、リーンは、サムのその言葉に微笑み返してくれたが、ティアはフン、と鼻を鳴らすと、そっぽを向いてしまった。

 まだ、サムの考えに納得してくれてはいない様だ。


「ティア嬢ちゃん。悪いけど、俺は、やるぜ」


 そんなティアに、サムは改めて自分の決意を述べた。


「分かっているわよ、そんなこと」


 ティアは、そっぽを向いたまま、サムの言葉に答える。


「私だって、今のこちを考えれば、アンタが命がけにならなきゃいけないって、分かってはいるの。だから、私たちはこうやって、アンタを守る。魔王を倒せるようにね。……だけれど、やっぱり、悔しいのよ」


 それから、ティアはサムの方を振り向くと、サムを睨みつけながら言葉をつづけた。


「世界のピンチだっていうことは、私だって分かってる! 私の考えが甘っちょろいっていうことだって、私のせいでこうなってるっていうことも! だけど、私、それで納得なんかしない! どうして、サム、アンタが生き残るっていうことを、諦めなくちゃいけないの!? ……私は、そんなの嫌。アンタ、年上だからって私のことを子ども扱いすることあるけど、悪い奴じゃないもの。だから、私はこれからも、世界も救って、アンタも生き続けられる方法、見つけるの諦めないから! 」


 それは、真っすぐな瞳だった。

 その場にいた他の少女たち、ラーミナ、ルナ、リーンも、ティアと同じ思いであるらしく、うなずいている。


 ティアに真剣に見つめられたサムは、しかし、思わず笑ってしまう。

 ティアの言い分は、何というか、「若い」、そう思えたからだ。


 だが、サムは、その気持ちが嬉しかった。


「何よっ!? 」


 ティアは不満そうにふくれっ面を見せたが、サムは笑うのを止めなかった。


 それから、サムはようやく呼吸を落ち着けると、ティアたちに笑いかける。


「ありがとうな、嬢ちゃんたち」

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