8-22「城門」

 パトリア王国軍は城壁の上になだれ込んで来た魔物たちと必死に戦い、どうにか城壁の上は維持できそうだったが、その間に破城槌(はじょうつい)が城門へととりつき、門を太い丸太でくり返し攻撃し、王都の城門は徐々に破壊されていった。


 王都の城門は厚い木の板で作られ、鉄板で補強されたものだったが、大きな質量を持ち、鋭利な円錐状に加工され、城門と同じく鉄板で補強された破城槌(はじょうつい)の丸太を何度も打ちつけられては、耐え切れなかった。


 城門はとうとうこらえきれずに破壊され、そこから、破城槌(はじょうつい)を操作していた奴隷たちが、我先にと城内へとなだれ込んで来た。


 人々は、同じ人間であるパトリア王国軍に対し、助けを求めている様だった。

 その人々を見て、城門の前に陣取っていたパトリア王国軍の兵士たちは動揺し、逃げ出して来た奴隷たちを受け入れるために隊列を崩した。


 だが、それは、魔王軍側の罠だった。

 奴隷たちの身体には、人間の身体に寄生するタイプの魔物が潜んでおり、奴隷たちがパトリア王国軍の隊列の奥深くに飛び込むのと同時に、一斉にその本性を現したのだ。


 奴隷たちの身体を引き裂きながら姿を現したのは、ムカデの脚を全て取り払ったような外見をした、気色悪い魔物だった。

人間に寄生していたその魔物たちは、奴隷の身体を操り、兵士たちへと襲いかかっていく。


 兵士たちは突然の事態に驚き、動転して、反撃する間もなく次々と討ち取られていった。


 そして、その混乱の渦中へ、破られた城門の外から魔物の大群が押し寄せつつあった。


 このままでは、城門が突破される。

 城外にひしめく魔物たちが、何物にも遮られることなく、城内へなだれ込んでくる。


 その後に待っているのは、魔物たちによる破壊と殺戮だ。


 アルドル3世が魔法珠を使った通信で後方の予備隊に増援する様に命令し、ガレアが周辺の兵士たちに、城門を通ろうとする魔物たちをできる限り倒す様に指示を下す中、サムの身体は、勝手に動いていた。


 サムは、無我夢中で、城壁の上から飛び降りていた。


「んな!? サムさん!? 」


 サムの様子に気がついたバーンがそう叫び、咄嗟(とっさ)に落下の勢いを緩める魔法を使ってくれなかったら、サムは大けがをしてしまっていただろう。


 バーンのおかげで何とか着地できたサムだったが、サムは、城壁の上を振り返ることもなく走り出していた。

 そして、サムは、破られてしまった城門へと走りこむ。


 正面からは、魔物の大群が押し寄せてくる地響き。

 背後では、奴隷たちの中から姿を現した魔物と、必死に戦う兵士たちの悲鳴と怒号。


 阿鼻叫喚(あびきょうかん)だった。


 サムの脳裏には、自身の故郷がマールムによって焼き払われた時の記憶が、鮮明によみがえっていた。

 サムの手脚はガクガクと震え、全身から冷や汗が噴出(ふきだ)してくる。


 だが、サムはもう、逃げなかった。


 サムは、押し寄せてくる魔物の群れを前に、聖剣マラキアの柄(つか)に手をやり、引き抜いて、その切っ先を魔物たちへと向けた。


 聖なる光を宿した聖剣マラキアの刀身が、緊張し、隠しきれない恐怖心の浮かんだサムの顔を映し出す。


 人と比べて、勇敢でもなく、ましてや、人間ですらない。

 だが、それこそが、この世界を救う役割を背負った勇者の顔だった。


 魔物たちが、破城槌(はじょうつい)の側に横たわった、負傷して動けない人間の奴隷たちを弾き飛ばしながら、サムに向かって突っ込んで来た。


「オオオオオオオオッ! 」


 サムは、野太く、おぞましいオークの声で雄叫びを上げながら、襲いかかってくる魔物たちに聖剣マラキアを振るった。


 魔物たちの悲鳴が、辺りに響き渡る。

 イルミニウムで作られた聖剣マラキアの刀身は容易に魔物を切り裂き、そして、まばゆく放たれる聖なる光は、魔物たちの傷口を焼き、強い自己再生能力を持つ魔物が相手でも、致命傷を与えることができる様だった。


(これが、聖剣かっ! )


 サムはその威力に驚きつつも、他の魔物の死体を踏み越えて突進してくる魔物に対処するために、再び聖剣を振り上げた。


 次にサムに襲いかかって来たのは、オークよりもさらに巨大な魔物、牛の頭を持つミノタウロスだった。


ミノタウロスは破城槌(はじょうつい)の中を窮屈(きゅうくつ)そうに潜り抜け、サムの前に立つと、牛の様な雄叫びをあげながら、柄(つか)の先に幅広の刀身がついた、ラブリュスと呼ばれる斧を振り下ろす。

 人間でも、オークでも、一刀両断にできそうな巨大な刃を持つ斧の、強烈な一撃だった。


 サムは聖剣マラキアの柄(つか)を両手で持ち、そのミノタウロスの斬撃を受け止める。

 金属と金属がぶつかる激しい音が鳴り響き、強烈な衝撃がサムの腕に伝わって、指を、腕を、痺(しび)れさせる。


 ミノタウロスの斬撃は重く、サムは、もう少しで膝をついてしまいそうになるが、何とか耐えることができた。


 ミノタウロスは、サムが耐えているように、1歩も引き下がらなかった。

 ミノタウロスは鼻息を荒くしながら、全身全霊の力を込めて、サムをこのまま押しつぶそうと力を込める。


 サムは、歯を食いしばって耐えた。

 だが、耐えるだけで精一杯だった。

 オークは怪力だったが、ミノタウロスはさらに怪力で、サムはこの状態から反撃する道筋を描くことができなかった。


 そして、サムの視界に、ミノタウロスの左右から後続の魔物たちが回り込んでくるのが見える。


 逃げようとすれば、ミノタウロスに体勢を崩され、牛の怪物が振るうラブリュスによってサムは一刀両断されてしまうだろう。

 かといって、何もしなければ、サムは回り込んで来た魔物の餌食(えじき)になってしまう。


 ここにきて、サムは、自分が今、孤立無援であるということに気がついた。

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