8-19「夜明け」

 リーンのことだから、きっと、何か考えがあるのに違いなかった。

 リーンの表情はいつでも分かりにくかったが、彼女はいつでもきちんと考えていた。


 サムはまだ半信半疑ではあったが、とにかく、リーンがやってくれと言うのだから、やってみることにした。


「バーン、魔法で軌道の調整、お願い。なるべく魔物がいるところ」

「えっ? あ、は、はい」


 サムに持ち上げられながら言ったリーンに、バーンも意味が分からない様で戸惑ってはいたが、とにかく了承して魔法を発動させる準備を整える。

 やがて、リーンはサムに向かって、「いつでもいい」と告げた。


「それじゃぁ、行くぜ! 」


 サムはそうかけ声を出すと、リーンを思い切り城壁の上に向かって投げ上げた。

 その軌道は、魔物たちがいる場所からは少しズレてしまっていたが、バーンが魔法を唱えて修正する。


 リーンは、空中で呪文を唱え、いくつもの炎の槍を生み出していた。


 ここにきて、ようやく、サムにもリーンが何をしようとしていたのかが分かった。

 城壁の上は混戦状態で、どこに敵がいるのか、味方がいるのか、下からでは分からない。

 だが、上からなら、正確に狙いがつけられるということらしい。


 リーンは自分が落下しきるまでの間に、次々と炎の槍を放っていった。

 放たれた炎の槍は正確な狙いで城壁の上にたどり着いていた魔物たちを貫いていき、城壁の上での戦いの形勢は一気に味方に有利なものとなった。


 リーンが城壁の胸壁の上に猫の様に身軽に着地を決めるころには、兵士たちは魔物の侵入口となっていた場所まで押し戻し、がっちりと隊列を組んで守りを固めていた。

 それから、胸壁の上に器用に立ちながら、ポーズの様なものを作り、心なしか得意げな表情を浮かべているリーンに向かって、称賛と拍手喝采、はやし立てる様な口笛が贈られた。


 城壁の危機は、これで一旦は過ぎ去った様だった。

 魔物たちは自身の死体を積み上げ、城壁の上にまでよじ登る突破口を作り上げていた様だったが、リーンの活躍でその突破口は塞(ふさ)がれ、城壁上は再びパトリア王国軍によって確保された。


 兵士たちはなおも積みあがった魔物の死体を踏みつけながらよじ登ろうとする魔物たちを城壁の下へと突き落としながら、その頭上に油などの可燃性の物質を注ぎ、火をつけていった。

 燃え上がった炎によって城壁の上まで積みあがっていた魔物たちの死体は崩れ落ち、魔物たちが作り上げた突破口は完全に失われた。


 魔王軍は、せっかく作り上げた突破口を失ったことで一旦攻撃を中断し、態勢を立て直すために引き上げ始めた様だった。

 王都の各所で繰り広げられていた戦いの音は徐々に散発的なものになり、辺りは静けさを取り戻していく。


 その時、東の空が明るくなり始めた。

 夜明けが訪れたのだ。


 魔王軍による攻撃をしのぎ切り、何とか王都の城壁を守り切った兵士たちは、朝日が昇る姿を見ると、一斉に歓声をあげた。


 明るくなったことで、夜間の戦闘でパトリア王国軍によって撃破された無数の魔物の死体と、魔王軍が城壁からの反撃の射程圏外に退いたことが確認できると、パトリア王国軍はようやく一息ついて、部隊の再編と死傷者の後送、次の防衛戦の準備を開始した。


 魔物たちが死体を積み上げることで城壁を突破しようとしたのは東側の城壁だけではなく、兵士たちは可燃物を注ぎ、火をかけて積み上げられた魔物の死体を焼却し、城壁上への侵入口となる場所を無くしていく。

 城壁上には、投石器用の石や、弓兵用の矢が大量に運び上げられ、城壁の損傷した部分には応急修理が施されていく。

 戦いで疲れた兵士たちは後方のまだ余力のある兵士たちと交代し、戦死者は聖職者たちの手で弔われ、負傷者たちは治療所となっている王宮に送られて、そこで怪我の手当てをされていった。


 アルドル3世たちも、城壁の上から降りてきた。

 アルドル3世、その妻であるステラ、近衛騎士団団長のガレアの3人は、城壁の下で待っていた一行の姿を見ると、嬉しそうに微笑み、アルドル3世は「よく戻って来たな! 」と言って一行を出迎えてくれた。


「ただいま、お父様。エルフと、ドワーフの力を借りて、目的を果たすことができました」

「ああ、その様だな。聖剣マラキアは元通りに? 」

「はい。ドワーフたちに修復してもらって、エルフたちの協力で、その力を取り戻すことができました」

「それは良かった。……しかし、サム殿は、人間には戻れなかったのか? 」


 ティアの報告を聞いて喜んでいたアルドル3世だったが、サムが以前と変わらず、オークのままでいることに疑問を抱いた様子だった。

 その問いかけに、ティアは憮然(ぶぜん)とした表情を作る。


「それが……。ちょっと、複雑なことになっているの」


 ティアはそう言うと、サムについての事情をアルドル3世たちに説明した。


 サムは、人間には戻れないだろうということ。

 しかし、シニスが使うことのできる魔族の魔法により、一時的に勇者としての力を取り戻すことは可能であるということ。


 だが、その力を使えば、サムの魂は完全に破壊されて消滅し、どんな方法を使っても蘇ることはできないということ。

 そして、サムが、その力を使うつもりであること。


「サム殿。本気、なのか? 」

「……。ああ、本気だぜ。俺は、やって見せるつもりだ」


 アルドル3世の確認に、サムはしばし沈黙してからうなずいた。


「お父様たちからも、何か、言ってやってください! 」


 ティアはそう言うと、アルドル3世たちに向かって必死に叫んだ。


「ちゃんと時間をかけて考えれば、もっといい方法だって見つかるかもしれないんです! お父様たちからも、サムにそう言ってやってください! 」


 だが、アルドル3世たちは、ティアのその願いには答えなかった。

 ティアは、信じられない、という風に叫ぶ。


「お父様! 」

「ティア。よく、聞きなさい。……サム殿が覚悟をしたのは、ゆっくりと考えている様な時間が無いと分かっているからだろう。実際、我々には時間が無い。お前も頭では分かっているはずだろう? アロガンシア王国はすでに無く、ついこの間までほとんど無傷だったバノルゴス王国も魔王軍による侵攻で、今や音信不通。我々、パトリア王国も王都を包囲されていて、他の小国には滅んだものも多い。ティア。私たちにはもう、迷って、選んでいる時間は残されていないのだよ」


 アルドル3世のその言葉に、ティアはしばらくの間、無言だった。

 だが、やがて1人でどこかに駆け出して行ってしまう。

 その後を、ラーミナとルナ、リーンの3人が追いかけていき、後にはバーンとサム、デクスとシニスだけが残された。

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