8-20「軽食」
ティアたちがどこかへと走り去って行ってしまっても、アルドル3世たちは少し困った様な顔をするだけで、追いかけようとはしなかった。
「まったく。我が娘ながら、困ったものだ。王族の1人なのだから、その自覚を持ってもらわなければ」
「あら、そこがかわいいんじゃないの。真っすぐで、無鉄砲で。昔のあなたみたいだわ」
「む? そうなのか? 」
「そうよ。特に、危なっかしくて、放っておけないところなんかがね」
呆れた様な物言いのアルドル3世だったが、ステラはなんだか楽しそうな様子だった。
ステラのその言葉には、どうやらアルドル3世にしか伝わらない裏の意味が隠されていたらしい。
アルドル3世はしかめっ面を作ると、それから大きく深呼吸して気分を切り替え、走り去ってしまったティアが去って行った方を見ながら困った様な顔をしていたサムに向かって、「夜通し戦い続けたから、腹が減って仕方がない。どうだ、サム殿たちも一緒に食事にしないか」と言った。
食事、と言っても、魔王軍の攻撃がいつ再開されるかも分からない以上、用意されたのは簡単なものだった。
人間の世界では朝食や軽食などとしてよく食べられている、素朴な麦粥だ。
サムにとっても、なじみのある食べ物だった。
サムがまだ人間だったころによく食べていたものだったし、旅の間にも、何度も口にしてきたものだった。
取り立てて美味しいわけでは無く、物珍しいわけでもない。
それでも、ほっとする様な味だった。
アルドル3世によると、魔王軍のパトリア王国への侵攻は1週間ほど前から始められたということだった。
旧アロガンシア王国でゲリラ戦を展開し続けていた人類軍の残党を排除した魔王軍は2手に別れ、諸王国との戦争に一気に決着をつけるべく、パトリア王国と、バノルゴス王国へと侵攻を開始した。
バノルゴス王国軍はウルチモ城塞での敗戦でもほとんど無傷であり、その結果周辺諸国から様々な疑惑や憶測を向けられてもいたのだが、魔王軍の主力の攻勢を受けて、現在はすでに音信不通となっている。
陸路ではもちろん、魔法を使って遠距離通信も不通となっていることから、苦戦しているのだろうということだった。
おそらくはバノルゴス王国もその王都まで魔王軍による侵攻を受け、魔王軍に精一杯の抵抗を試みている最中なのだろう。
パトリア王国も、バノルゴス王国と同様に魔王軍の侵攻を受け国境地帯から大きく後退し、王都パトリアの城壁に頼って防衛線を戦わざるを得なかった。
パトリア王国へ向かってきたのは魔王軍の本隊ではなかったが、パトリア王国軍が単独で抵抗するにはあまりにも強大過ぎて、少しでも有利な条件で迎え撃つことのできる王都まで後退しなければならなかった。
幸いだったのは、パトリア王国の人々の多くを、王都か、もしくはまだ戦火の及んでいない他国へと逃がすことができたということだった。
魔物たちは占領した村や街を破壊し、略奪し、火をつけて回ったが、ほとんどの人々は逃げ延びることができた。
魔王軍が王都パトリアを包囲したのは3日前のことで、昨晩の攻撃は2回目の大規模な攻撃であったということだった。
魔王軍による攻撃は苛烈(かれつ)なものだったが、パトリア王国軍は何とか耐え抜いている。
パトリア王国軍はウルチモ城塞での敗戦で殿を務めたことからそれなりに損害を受けてもいたが、冒険者たちを募集し、民衆の中から志願兵を集めるなどした上、他の諸王国からの敗残兵も受け入れた結果、兵力的にはかなりの強化がなされていたからだ。
特に大きかったのは、合計8000ものドワーフの軍勢が援軍に駆けつけてくれたことだった。
ウルチモ城塞に集結していた人類軍およそ10万名からすれば数は少ない様に思えたものの、パトリア王国軍の元々の動員兵力からすれば十分すぎるほど大きな戦力で、昨晩も東西南北の城壁の守りについたドワーフたちの奮戦が大きな威力を発揮していた。
「いやぁ、マハト王とドワーフ族のおかげで、かなり楽に戦えているよ。この上、エルフからも援軍を受けられるというのだから、ありがたい話だ」
麦粥をうまそうに食べながら、アルドル3世がそう聞こえよがしに言うと、周囲で同じ様に軽食を取っていた兵士たちからどっと歓声が沸き起こった。
籠城中ではあったが、パトリア王国軍の士気は高い様に見えた。
「しかし、アンタ、王様なのに最前線で戦っていて、いいのか? 」
他の兵士たちと一緒になって戦い、同じ食事をとっているアルドル3世に親しみを感じはしても、王様と言えば全軍の総大将であり、本来であれば、後方の指揮所に身を置いて、全体の戦況を俯瞰(ふかん)しながら指揮をとることが当たり前のはずだった。
そう思ってサムが問いかけると、アルドル3世は周囲を見回し、自分に注意を払っている者がいないことを確かめると、サムに近寄って小声で自分が前線にいる理由を教えてくれた。
「サム殿。確かに、兵士たちの士気は高い様に見えるかもしれない。だが、これは表面的なものに過ぎないのだ。実際には、兵士たちは怯えている。……ウルチモ城塞で敗北し、魔王軍の侵攻を受けて諸王国はボロボロだ。滅ぼされた国はすでに数多く、そこから逃れてきた敗残兵、難民もここにはいる。そして、自分たちも魔王軍に包囲されている。……ドワーフの援軍だけでなく、エルフの援軍も来るとは言っても、魔王軍は倒しても倒しても、キリなく襲ってきている。だから皆、不安がっているのだ。本当に勝てるのか、守りきれるのか、とな。だから、私がこうして前に出て、士気を鼓舞しなければならんのだ」
どうやら、パトリア王国軍も、実際には不安を抱えながら戦い続けているということであるらしかった。
「ところで、サム殿」
それから、アルドル3世は小声で、サムに問いかけた。
「娘の前ではああ言ったが、本当に、サム殿は自分を犠牲にするおつもりなのか? 娘の言い分だが、他に、方法は無いのだろうか? 」
どうやら、アルドル3世も、内心ではティアと同意見であったらしい。
サムは鍋(なべ)で用意してもらっていた麦粥を口の中へとかきこみ、喉の奥へと流し込むと一息ついて、それから、アルドル3世の方を振り返り、真っすぐにその目を見返した。
「ああ。俺は、本気だ。……王様もさっき言ったが、一見、平気そうな顔をしちゃいるが、ここの兵隊たちも、逃げてきた避難民たちも、みんな怖がっているんだろう? このまま魔王軍にやられちまうんじゃないかって。そして、実際に、たくさんの国が魔王軍に飲み込まれちまったんだろう? ……俺だって、死にたかないさ。ティア嬢ちゃんの気持ちも嬉しいんだ。けどよ、俺は、俺が迷っている間に犠牲になっちまうかもしれない人たちを、できれば助けたいんだよ」
それは、嘘偽りの無い、今のサムの気持ちだった。
その時、城壁の塔の上で見張りについていた兵士が、釣鐘(つりがね)を何度も激しく打ち鳴らして、警報を発した。
どうやら、魔王軍が攻撃を再開した様子だった。
「全員、戦闘準備だ! 」
アルドル3世はまだサムに何か言いたげではあったが、一国の統治者として彼は戦わなければならなかった。
アルドル3世が剣を引き抜きながらそう叫ぶと、他の兵士たちも呼応し、一斉に立ち上がって剣を引き抜き、天に向かってかかげて、喚声(かんせい)をあげた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます