8-18「防衛戦」

 横穴を抜けると、そこはどうやら、どこかの地下室である様子だった。

 周囲をレンガ製の壁で囲まれた物置の様な場所で、実際、そこには様々なものが置かれていたが、どうやらそれらはこの横穴を隠すためのガラクタばかりである様子だった。


 サムが泥だらけになりながらやっとの思いで横穴を抜けてくると、すでにティアは上に向かって行ったあとで、上の方から、恐らくは警備についていた兵士たちと、ティアがもめている様な声が聞こえて来た。

 魔王軍による包囲攻撃を受けている最中に、突然地下から人が現れては、兵士たちも驚かざるを得なかっただろう。


 だが、すぐに現れたのがティアたちであることを理解すると、兵士たちは近くにいたキアラのもとへ一行を案内してくれた。


 そこは、どうやら王都パトリアの王宮の地下室であったようだ。

 地下室から続く階段を上り切ると、一度宿泊させてもらった経験のあるサムにも見覚えのある場所へとたどり着くことができた。


 王宮は今、負傷者たちの収容所、そして非戦闘員たちの避難所となっている様だった。

 まだ空きはある様子だったが、負傷兵たちはたくさんいて、避難してきた人々が必死に看護している姿を見ることができる。


 そういった人々はサムのことを知らず、突然現れた豚の魔物、しかもドワーフの最上級の鎧を身に着け、聖剣マラキアを腰に吊っているサムの姿を見て驚いた様子だったが、サムはかまわずに走り続けた。

 少々騒動になるかもしれなかったが、今はそんなことに配慮している場合ではなかった。


 兵士の案内でたどり着いた部屋には、宮廷魔術師であるキアラをはじめ、たくさんの魔術師たちが集められていた。

 どうやら、王都を魔王軍の攻撃から守るための魔法を、ここに集まった魔術師たちが維持し続けている様子で、部屋全体に、床にも、壁にも、天井にも、様々な魔法陣が描かれ、魔法の光を発して輝いていた。


 一行が姿を現したことを告げられると、キアラは自分の担当だった場所を休憩中だったらしい他の魔術師に代わってもらい、一行のことを出迎えてくれた。


「ラーミナ、ルナ、それに、ティアさんに、リーンさん、バーンさんに、サムさんも! よく、ご無事で。……どうやら、目的は果たせたようですね! 」


 キアラはそう言って一行の帰還を喜んでくれたが、嬉しそうな表情を見せたのもつかの間、すぐに険しい表情になると、一行に状況を教えてくれた。


「今、王都は魔王軍の総攻撃を受けている最中です。アルドル3世陛下も、ステラも、ガレアも、前線に出て戦っています。城壁の一部が破られそうなの。ドワーフ族のマハト王率いるドワーフの戦士団の活躍で何とか防げているけれど、少しでも守りを固くしないと危ないの。ついたばかりで悪いけれど、みんなで助けに行ってもらえないかしら。まだ城下に逃げ遅れている人が残っていて、今、城壁を破られるわけにはいかないの」


 キアラの要請を、断る理由は無かった。

 パトリア王国が陥落してしまえば一行は孤立無援となってしまうし、たくさんの人日が犠牲となってしまうだろう。


 シニスだけは、「どうして私まで」と不満そうではあったが、デクスに睨まれると肩をすくめて、とりあえずは協力してくれる様だった。


 危険な状態にある城壁は、王都パトリアの東側の城壁だった。

 王都の西側に飛ばされた一行からはよく見えていなかったのだが、どうやら魔王軍の攻撃は東側でもっとも激しいらしく、魔物の一部が城壁の上にまで乗りこみ、そこで激しい白兵戦が行われているという状況だった。


 一行は王宮から増援に出された200名ほどの兵士たちと共に、東側の城壁へ向かった。


 キアラが言っていたように、城下町にはまだたくさんの人々が取り残されている様だった。

 一行は王宮に向かって避難していく人々とすれ違いながら、ところどころ、魔物たちが火種を投げ込んだことで発生したらしい火の手が上がっている城下町を駆け抜けていった。


 東側の城壁では、まだ戦いが続いている様だった。

 魔物たちが城壁の上にまで登り詰め、翼を持った魔物たちも加わって城壁を占拠しようと攻撃を続けていたが、パトリア王国軍はその攻撃を防ぎ続けている。


 その戦いには、ドワーフの谷からマハト王に率いられてやって来たドワーフの戦士たちも加わっている様だった。

 ドワーフの戦士たちは上質な鎧に剣と盾を身に着け、城壁の上に隊列を組んで、襲いかかってくる魔物たちをバッサバッサと切り捨てている。


 その中には、見覚えのある二本角の兜を被ったドワーフ、アクストの姿もあった。

 アクストは両手に斧を1本ずつ持ち、ドワーフたちの先頭に立って、雄叫びをあげながら魔物の頭蓋をかち割っている。


 勇猛だ、とは聞いていたが、ドワーフたちの戦いぶりは噂以上だった。


 一行から見て、ドワーフたちは魔物が城壁の上に登ってくる場所の左側を守っていて、アルドル3世たちはその右側を守っている様だった。

 王の居場所を示す旗が掲げられた場所で、一行からはよく見えなかったが、近衛騎士団団長のガレアが先頭に立って兵士たちを鼓舞しながら戦っている様子だった。


 一行も、援軍に到着した200名の兵士たちも、すぐにでも戦いに加わりたかった。

 だが、難しかった。

 何故なら、城壁の上はパトリア王国軍と魔物たちがひしめき、そこへと登る階段も、戦いに行こうとする多くの兵士たちで渋滞を起こしていたからだ。


 どうやら魔物たちが城壁の上に登って来られる様な状況になっているのはアルドル3世たちが戦っているその1か所だけで、そこで魔物たちの攻撃を押しとどめるために多くの兵力が集まってきた結果、かえって身動きの取れない状況になっている様だった。


「ああ、もぅ、こんな時に! 」


 ティアがもどかしそうに叫んだが、泣いても叫んでも、どうにかなるものでもない。


 それでも、何か援護をできないものか。

 サムは周囲を探すと、魔王軍の攻撃によって倒壊したらしい建物の瓦礫(がれき)の中から、投げつけるのにちょうど良さそうな石を発見した。


「サム、待ってくれ。下手をすると、父上たちに命中する可能性もある」


 石を持って振りかぶったサムを、ラーミナが制止した。

 言われて、サムも気づく。

 城壁の上は込み合っていて、狙いがずれると、魔物ではなく味方に石が当たってしまいそうだった。


「くそっ、どうすりゃいいんだ」


 サムは悔しそうに石を下ろしたが、そんなサムの腕の毛を、リーンがつかんだ。


「サム、石はダメ。代わりに、私を投げる」

「……、は、はア? 」


 サムは思わず素っ頓狂(とんきょう)な声を出して驚いてしまったが、リーンは本気のようだった。

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