8-11「方法」
「簡単に言えば、そこの魔物……、いや、サム殿が人間に戻ることができないのは、オークに姿を変えられてからすでに20年という歳月が過ぎてしまっていること、これに尽きる」
それは、ウルチモ城塞でキアラから、そして、サクリス帝国の魔法学院の魔術師たちからも聞かされていたことだった。
だが、エルフなら。
そう、希望を抱きながら、サムと一行はここまで旅をしてきたのだ。
だが、現実は、一行が望むものとは違っていた。
シニスは、その現実を、淡々と、冷静な口調で説明し続ける。
「生命は、大別すると2つの要素でできている。魂と、その容れ物である肉体。それは、我々エルフも、人間も、ドワーフも、そして魔物であろうと、変わりがない。サム殿にかけられている魔法は、魂の器であるはずの肉体を、強引にオークへと変えるものだ。幻術で見た目をごまかすのではなく、肉体そのものを他のものへと作り変える魔法は、ほとんど例がない、というよりも、本来であればうまくいかないものなのだが、サム殿の場合はそれが成功している。……それは、恐らくは神々が使った力、世界を創造し、新たな種族を生み出すほどの力を、マールムという魔物がどうやってか、部分的に使うことができたおかげだろう」
シニスは一度言葉を区切ると、サムがシニスの言葉を理解するのを待ってから、説明を再開する。
「部分的に、というのは、マールムが使ったのは肉体を作り変える力だけで、魂そのものには変化が加えられなかった形跡(けいせき)があるからだ。だから、恐らくは、サム殿がオークに姿を変えられてから間もないころであれば、サム殿を人間に戻すために取ることができた手段はあった。その手段とは、サム殿の肉体を新たに作り出し、魂だけを移し替えるといったことだ。これも、禁じられた技法ではあるのだが、そういう手段を取ることは可能だった。……だが、20年の間、オークであり続けたことによって、サム殿の魂の形は自然に変化し、今の身体、オークに親和してしまっている」
肉体は魂の器だったが、魂はその肉体によってはじめて形を得るものであり、それ単体ではその形を維持することは難しい。
例えば、この世界で霊と呼ばれる、肉体を失って魂だけの存在となった者の多くは、当初は肉体を持っていた時の姿を色濃く維持しているが、年月とともにその姿はおぼろげになり、崩れ、徐々に輪郭を失って行ってしまい、最後にはその自我すらも失って悪霊となると言い伝えられている。
サムにも、霊と似た様なことが起こっていた。
最初は人間の形をしていたサムの魂だったが、20年という歳月の間にその姿は変化し、新たに押し込められているオークの身体に馴染む形へと変化してしまっている。
「サム殿の魂はすでに、オークの肉体の形に合わせて適合してしまっている。今は、サム殿の魂と、オークの身体が、強く結合してしまっているということだ。この状態で、サム殿の魂を身体から無理やり引き離してしまうと、サム殿の魂に大きなダメージを与えることになる。恐らく、サム殿の魂は破壊されるだろう」
シニスが考えついたサムが人間に戻る唯一の方法、サムの魂を今の身体から引き離して、新しい身体へと移すという方法は、サムの魂がすでに現在の肉体と強く結びついてしまっているために、使えないということだった。
マールムが行ったように、サムの肉体を元の人間の様に作り直すという手法が使えれば、サムが今の状態からでも人間に戻れる可能性もあったかもしれない。
だが、すでに存在している肉体を作りなおすという方法は、エルフたちも知らない様だった。
サムはもう、人間に戻ることはできない。
つまり、勇者としての力を取り戻すこともできないのだ。
サムの頭の中に、旅の中で目にしてきた悲惨な光景がよみがえる。
サムが勇者として魔王を倒さない限り、あの惨劇は拡大しつづけ、やがて、この世界中を覆(おお)いつくすことになってしまう
サムのことを助けてくれるようにとティアたちに懇願(こんがん)してくれた、山奥の小さな村に暮らしていた少女も、今頃は戦火に追われて、家族と一緒に逃げ惑っているのかもしれない。
それなのに、自分は、何もすることができないのだ。
サムは、そう理解すると、その口元に、自然に笑みが浮かんできた。
それは、絶望から来る種類の笑みだったが、サムはまだ、全てを諦めきってはいなかった。
サムはやがて、体を起こすと、その場に胡坐(あぐら)をかいて座った。
「なら、俺を、殺してくれ」
その言葉に、4人の少女たちとバーンは驚いてサムの方を見つめ、デクスとウォルンは表情を険しくし、リベルは悲しそうに視線を伏せた。
だが、サムはすでに決心している。
そこで言葉を終わらせず、サムは堂々と、自分の言葉を述べた。
「とうとう、最後の手段を試す時が来たんだ。……俺を、殺してくれ。死んだ勇者は、この場所、光の神ルクスの祭壇で蘇るんだろう? どうなるか分からねぇが、何も試さないで諦めるのは嫌なんだ。だから、俺を殺してくれよ。そうすれば、一か八か、人間に戻れて、勇者の力も取り戻せるかもしれねぇ」
「それは、やめた方がいい」
サムの言葉を、冷徹に遮ったのはシニスだった。
「命を失った勇者は、光の神ルクス様の祭壇にて復活する。それは、間違いの無いことだ。……だが、復活を遂げる時、それは、その者の「魂の形」で復活される。そもそも魔族の魔法がかけられた状況では復活できるかどうかさえ怪しいが、例え復活できたとしても、今のサム殿は、オークか、最悪、オークとも人間ともつかない、奇形となって復活することになるだろう」
シニスの言葉に、サムは再びうなだれる。
そして、その身体が、ブルブルと震えだす。
冷酷な、現実。
人間に戻れず、世界を救うこともできないという、無力感。
サムは、こらえきれなくなって、顔をあげると叫んだ。
「なら! 俺は、どうすりゃいいんだよ!? このまま黙って、世界が滅ぼされていくのを、見ていろっていうのか!? 」
そのサムの声に、誰もが無言になった。
ただ、1人だけを除いて。
「方法なら、ある」
そう言ったのは、たった今、サムが人間に戻ることは不可能だと告げたばかりの、シニスだった。
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