8-12「賭け」
あまりにも意外な人物からの返答に、サムはきょとんとした視線をシニスへと向けてしまう。
そんなサムのことを見て、シニスは、意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「方法なら、あるでしょう? 」
それから、シニスは背後を振り返り、そこで、表情を険しくしている他の3人のエルフたちの姿を眺める。
「あなたたちだって、頭ではお分かりのはず。勇者の力を取り戻して、世界を救う方法なら、ある。それなのに、あなたたちはそれを言わない。……言いたくないから、でしょう? 」
シニスの言葉に、リベルも、ウォルンも、デクスも、何も答えなかった。
その様子に、シニスは、声を押し殺しながら、肩を震わせながら笑う。
頑なに口を閉ざしている他のエルフたちを、面白がっている様な様子だった。
「お、教えてくれ! 」
そんなシニスに、サムは前のめりになりながら問いかけた。
「何だっていい! どんな方法だっていい! この世界を、たくさんの人たちを救いたいんだ! 」
「ええ、もちろん。教えて差し上げよう。……リベル様、ウォルン様、デクス、よろしいですね? 」
必死な様子のサムに、シニスは笑みを深くすると、他の3人のエルフたちにそう言って許可を求めた。
「話して差し上げなさい」
しばらくの沈黙ののち、リベルは沈痛そうな顔をしながら、シニスにそう命じた。
シニスはうなずくと、サムのところまで歩み寄り、その場にかがんで、サムに「勇者としての力を取り戻す方法」を伝える
「あなたが勇者としての力を取り戻す方法、それは、簡単なことよ。私は、魔族の魔力を取り込んだ。だから、魔族の魔法も使える。もちろん、あなたにかけられている魔法はとても強力なものだから、私1人ではどうすることもできない。そうね、もう1人くらいの手助けは必要かしら。でも、あなたは、勇者としての力を取り戻せる」
「ほ、本当か! ど、どんな方法でもいい、やってみせるぜ! 」
サムは意気込んでそう言ったが、シニスはそのサムの鼻先に人差し指を立て、静かに話を聞け、と言いたげな視線でサムのことを見つめた。
サムが黙り込むと、シニスは、静かに、はっきりといった。
「あなたは、勇者としての力を取り戻せる。ただし、一時的にね。……そして、あなたは、最後には、死ぬ」
死ぬ。
その言葉に、サムは戸惑う。
勇者は、死んだとしても、光の神ルクスの祭壇で蘇る。
その蘇った時に、サムは恐らくオークの姿か、人間とオークの姿の入り混じった全く別の怪物となるだろうと言われはしたが、蘇りはするはずだった。
だが、シニスの「死ぬ」という言葉は、どうにも、不吉な雰囲気がした。
「サム殿。あなたを、勇者として戦えるようにはできる。でも、それはほんの一時、期限つきのものでしかない。そして、あなたは死ぬ。……完全に、不可逆的に、消滅する。復活することもない。何故なら、この方法は、魔法の力で無理やり、肉体という枷(かせ)を無視して、勇者としての力を発揮させるものだから。……あなたの肉体はオークのもので、その魂は、すでにオークの肉体に慣れて、変化している。そんな状態で勇者としての力を使えば、タダでは済まない。勇者の力の発揮を妨げる肉体で、その身体に慣れてしまっている肉体で、無理やり勇者の力を使うのだから。……あなたは肉体ではなく、その魂そのものに傷を負い、勇者としての力を使えば使うほど、あなたの魂は破壊されていく。……魂が破壊されれば、あなたはもう、蘇ることはできない。蘇生薬を、蘇生魔法を使っても目覚めることはできず、勇者の様に、ここの祭壇で復活することも無い」
それから、シニスは、サムの頭の理解が追いつくのを待って、囁(ささや)く様に言う。
「あなたはね、完全に、消えてなくなる。無になるの」
サムは、この世界を救うために、死力を尽くして戦うつもりだった。
旅の中で、多くの人々が傷つき、仲間が傷つく姿を見てきた。
そんな光景を目にする中で、自分が何もできないのはもう嫌だと、そう思ったからだ。
光の神ルクスによって勇者に選ばれた後、マールムによって、サムの故郷は焼き払われ、サムの家族は、サムのことを知る人々は皆、無差別に殺された。
その時、サムは、何もできなかった。
怖くて、動くことができなかった。
そして、そんな自分が、とてつもなく嫌いで、変わりたいと願ってきた。
だからこそ、サムは仲間たちと一緒に旅をつづけ、決して諦めなかった。
そうして、戦い続けて、魔王を倒した後。
サムは、平和になった世界で、楽しく暮らすことを夢見ていた。
人間の姿に戻って、仲間たちと一緒に旅を続けてもいいし、どこかに落ち着いて、畑を耕しながら暮らしてもいい。
なんにしても、戦いの果てには、「未来」があった。
だが、シニスの言う「方法」を用いれば、サムには未来は訪れない。
世界を救うことができたとしても、サムは完全に消滅し、二度と復活することはできない。
「そ、そんなの、ダメよ! 」
そう叫んだのは、ティアだった。
「世界を救えても、サムが消えちゃうだなんて! 何か、他の方法は無いの!? 」
ティアの言葉に続いて、他の仲間たちも口々に、別の方法を探すべきだと主張した。
「他に、方法はないの」
しかし、シニスはそう冷酷に言った。
サムも、できれば、生きていたかった。
20年もオークのままで、35歳のおっさんになってしまい、サムの人生はめちゃくちゃだった。
世界を救うことがサムに与えられた使命であり、サムのやるべきことなのだとしても、それと引き換えに、この世界から消える。
すぐには、受け入れられないことだった。
「少し、考えさせてくれ」
サムは、顔をうつむけながら、そう声を振り絞るのが精いっぱいだった。
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