8-9「長老」

 一行がエルフ族の長老、「リベル」と会うことを許されたのは、一行が天空の祭壇へとたどり着いたその翌日のことだった。


 夜だった場所から昼の場所へと移動したせいで時間間隔が狂い、少し寝不足気味の一行だったが、デクスと共に姿を現したエルフ族の族長、ウォルンから長老に会わせるという話を聞くと、急いで準備を整えた。


 エルフたちの回復魔法と、エルフたちしか知らない調合法で作られた薬によって急速に回復したバーンも合流し、一行はウォルンとデクスに案内されて、エルフ族の長老がいる場所、一行が天空の祭壇へと飛ばされてきた時に正面に見えた建物へと向かって行った。


 天空の祭壇は、かつて神々の宮殿であったとされている場所だ。

 一行が泉を通って飛ばされて来た時、最初にたどり着いた建物が玄関で、その左右に見えた建物が、創造神クレアーレを手伝うために生み出された種族であるエルフたちの棲み処、正面に見えた一際壮麗(ひときわそうれい)な建物が、神々が住んでいたとされる宮殿だった。


 勇者が命を失ったとしても復活すると言われている祭壇も、その、神々の宮殿として作られた建物の中にある。

 エルフたちはかつて神々が暮らした場所を祭壇とし、今でも神々が暮らしていたその時のままの姿を維持していた。


 創造神クレアーレによって他の神々を統率し、生者の世界を統治せよと命じられた光の神ルクスはこの世界における神話の最高位にある神であり、神々の宮殿には創造神クレアーレと並ぶ位置にその席が作られている。

こういったことから、天空の祭壇は、本来であれば人間たちにとっても聖地となる場所だった。


 だが、長い歴史の中でエルフたちに受け入れられ、この場所へとたどり着いた人間は数えられるほどしかいない。

 人間の世界の宗教界を司る教会組織の始祖となった初代総司教や、サクリス帝国の初代皇帝と言われている人物、それと、魔王との戦いで命を落とし、ここ、天空の祭壇にて復活を遂げたとされる逸話を持つ数名の勇者たち。


 たったそれだけの人間のみがたどり着いたその場所に、今、一行は、5人と1頭という大勢で足を踏み入れようとしている。

 もしかすると、一行の人数だけで、歴史上この場所に足を踏み入れた人間の数を上回ってしまうかもしれない。


 少なくとも、魔物の姿をした者が足を踏み入れるのは、間違いなく初めてのことだっただろう。


 エルフたちが宮殿の前に連なる様にして作られている庭園だけは今も丁寧に手を加えて維持し続けているのは、いつ神々がこの場所に戻ってきてもいい様に、という思いからである様だった。

 一行はウォルンとデクスに案内されながら庭園の中を進んでいったが、神々が作った当時の姿をできるだけ残し続けているその庭園は、華美さは少なかったが何よりも心地よい空間で、地上よりも太陽に近いためか豊富に降り注ぐ陽光の中で、明るく、穏やかな雰囲気を作り出している。

 そこに住む鳥たちは天敵がいないせいか無邪気で人懐っこく、一行の周りを飛び回ったり、楽しそうに歌ったりして、まるで一行のことを歓迎してくれている様だった。


 やがて、一行は神々の宮殿の中へと案内され、神々が集まって世界を見渡していたとされる、広大な空間を持つ神々の間を遠目に眺めながら、エルフ族の長老が待っている部屋へと通された。


 神々の時代から生き続けている、「創造神クレアーレによって直接生み出された世代のエルフ」とされるエンシェントエルフの最後の1人であるエルフ族の長老、「リベル」は、椅子に眠る様に腰かけながら一行のことを待っていた。


リベルは長い白髪を持つ女性のエルフで、ワイン色の生地で作られ、金の糸で装飾の施された上質なローブを身にまとっている。

 神々がまだこの宮殿に住んでいたとされる時代から数千年も生き続けているとされているのにしては、肌には張りがあり、皺(しわ)が少なく、あまり老いては見えない。


 もっとも、これは人間から見て、ということであり、やはり身体は弱ってきているのか、リベルが腰かけている椅子の側には杖が立てかけてあった。

 リベルの座っている傍(かたわ)らには机があり、その上には、アルドル3世からエルフたちにあてられた親書が広げられていた。


 リベルは、一行が部屋の中に入ってきてもそれに気づかない様子で、じっと目を閉じたまま動かなかった。

 一行が戸惑っている間にウォルンがリベルへと近づき、その耳元で一行が到着したことを知らせるとようやくリベルは双眸(そうぼう)を見開き、その碧眼(へきがん)で一行を見渡した。


「遠路はるばる、よく、参られました」


 それから、リベルはゆっくりとそう言い、一行に向かって微笑みかけた。


「ひ、人の身で、お、お目にかかれ、て、こ、光栄で、す! 」


 一つの種族の長老に対して、礼を失することがあってはならない。

 ティアは礼儀正しく挨拶(あいさつ)を返そうとしたが、緊張しているのか、噛(か)みまくりだった。


 だが、エルフたちにはそんなことを気にする様子は無かった。

 ティアは15歳、もうしばらくすれば人間の中では大人として扱われるような年齢なのだが、エルフたちからすればまだ歩き始めたばかりの赤子に過ぎない様な年齢だったからだ。


 それに、少し言葉を噛むなどということは、エルフたちにとっては「些末(さまつ)」なことでしかない様だった。


「すでに、ウォルンから話は聞いています。アルドル3世殿からの親書も読ませていただきました。聖剣マラキアに力を取り戻すこと、そして、そちらの魔物……、いえ、実際には、光の神ルクス様に選ばれし者、勇者殿でしたね。その者にかけられている魔法を解き、勇者としての力を取り戻したいと」

「は、はい、その通りです! 」


 リベルの言葉にティアはうなずくと、聖剣を貸してくれるようにと申し出てきたデクスに聖剣マラキアを渡し、それから、サムに1歩前にでて、と小声で指示した。

 サムは言われた通り1歩前に出たが、前に出ても何をすればいいのかは分からず、あまり人前に出たことが無かったので少し居心地の悪さを感じながら、ただただかしこまった。


 リベルはデクスから受け取った聖剣マラキアを吟味し、それをウォルンに渡して、必要な処置を行うことを命じると、今度はデクスの手を借りながら立ち上がり、杖を使いながらゆっくりとサムのところへと進んで来た。


「あなたにかけられている魔法を、まずは確かめさせてください」

「は、はい」


 サムは、そう答えてから、ゴクリと唾を飲み込んだ。


 自分が、人間に戻れるかどうか。

 それが、今からはっきりするのだ。

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