8-8「天空の祭壇」

 一行をエルフが住む場所、「天空の祭壇」へと導いた後、デクスはまず、バーンの治療を行うために一行をエルフの回復術師たちがいる場所へと案内してくれた。


 エルフたちはやはり「外」からやって来た一行に対して距離を置こうとしている様で、回復術師たちのところに向かう間、あちこちに気配は感じたものの、ほとんどその姿を見ることはできなかった。

 正確には、一行ではなく、オークであるサムのことを警戒しているのかもしれなかったが、友好的な雰囲気では無いのは確かだった。


 デクスが案内してくれた先で一行を出迎えたエルフの回復術師たちも、あまり積極的に一行と関わり合いになりたくは無い様だった。

 とにかくバーンの治療については手を尽くすと約束してくれたが、やはり、エルフたちは一行のことを避けたがっている様子だった。


「エルフにとって、人間や魔物と深くかかわることは禁忌(きんき)とされていることなのだ」


 バーンのことを心配してエルフの回復術師たちのところに残ったルナとリーンと別れ、とにかく旅荷物を下ろすべくデクスに一行に用意された部屋まで案内してもらっている間にエルフたちのよそよそしい態度の理由をたずねると、デクスからはそういう言葉が返って来た。


「あなた方は、エルフが創造神クレアーレに、この世界の創造を手助けするために作られたと伝わっていることは、ご存じだろうか? 我々エルフは皆、創造神クレアーレと自分たちが作り上げたこの世界の、ありのままの姿を大切に考えている。だが、あなたたち人間や、ドワーフは、自らの生活のために少しずつ世界を作り変えていく。魔物はそもそも、この世界を破壊しつくそうとした存在だ。……そんな存在とかかわることは、エルフにとっては最大の禁忌とされている。だから、他のエルフたちがよそよそしい態度をとることは、どうか、容赦(ようしゃ)願いたい」


 エルフたちは、魔物はもとより、人間やドワーフでさえも忌み嫌っている様だった。


「魔物のことはともかく、農耕や、街を作ることは、私たち人間が生きていくためには必要なことだ。やめるわけにはいかないのだが」

「それは、理解している。しかし、我らエルフは農耕をしなくとも、こうして狩猟と採集だけで生きている。そんな我らからすれば、やればできるのに、どうしてそうしようとしないのだろう、となるのだ」


 ラーミナの言葉にそう答えたデクス本人は、あまり人間に対して悪い感情を抱いてはいない様子だった。

 口調は武骨なものだったが、彼は冷静にエルフと人間との違いについて論じており、彼なりに人間について理解している様子だった。


「それは、私が「異端者」であるからだ」


 どうして人間について詳しいのか、特に深く考えずにサムはたずねたのだが、返って来たのは少し不穏な返答だった。


「私は、かつて人間と共に暮らそうとしたことがある。……エルフの世界は、退屈だ。数千年間何も変わらぬ、変えぬことを良しとしている。故に、私は、世界を作り変えることを平然と行う人間に興味を持った。探求しようとした。……だが、少し深入りし過ぎて、少々無茶なこともした。その結果が、この刺青(いれずみ)、耳の切れ込み。消すことのできない罪の証だ」


 デクスはそう言うと、自身の顔の右側に入れられた刺青(いれずみ)と、右耳の切れ込みを指さし、自嘲する様に笑った。


「なんか、悪いこと聞いちまったな」


 サムはそう謝罪したが、デクスは「かまわない」と言って首を左右に振った。


「過去はもう、変えることはできない。故に、私は今、これからどの様に生きるべきかを考えることにしている。ウォルン様は、罪人である私にチャンスを、役割を与えてくださっている。これ以上望むものは何もない」


 やがて、一行は天空の祭壇にいる間使うことが許されている部屋へと到着した。

 そこは一行が到着した時に見えた右側の建物の中にある場所で、何と、1人1部屋という個室で用意されていた。


 どうやら、エルフたちの人口はあまり多くは無く、広大な敷地を持つ天空の祭壇の建物を持て余している様だった。

 建物が自然の中に包まれていたのも、エルフたちの「世界をありのままとする」ことを理想とする考え方の他に、純粋に人手が足りないということも関係しているのかもしれない。


「まずは、休まれるがいい。長旅をしてきたのだろう。私は回復術師たちのもとへ戻り、バーン殿の容態(ようだい)を確かめてから、残りの2人を案内しよう」

「ありがとうございます、デクスさん」


 一行を代表してティアがそうお礼を言うと、デクスはうなずき、「かまわぬ、これが私の役割だ」と言って、踵(きびす)を返そうとした。

 だが、ふと何かを思い出したように立ち止まり、再び一行の方を振り返る。


「言い忘れていた。……あまり驚いて、落ちない様にしてくれ」


 デクスはそれだけを言うとさっさと歩きだしてしまい、一行はその言葉の意味を詳しくたずねることができなかった。


 だが、すぐにその意味は分かった。


 サムが自分の部屋の中に入り、荷物を下ろして一息ついていると、隣室から「わぁっ! 」という叫び声が聞こえて来る。

 ティアの声だった。


「な、何だっ!? どうしたんだっ!? 」


 サムは何かあったのかと思って大慌てでティアの部屋へと向かったが、そこで目にした光景に拍子(ひょうし)抜けして、思わず「何だよ」と言いながらため息をついてしまった。


「ねぇ、見て、見て! すごい、本当に空の上よ! 」


 そこには、部屋のバルコニーに出たティアが、そう歓声をあげながらぴょんぴょんと飛び跳ねている姿があった。


 ティアが指さす先に広がっているのは、見たこともないくらい澄んだ青空。

 眼下には雲海があり、白く、もこもことした雲の隙間からは、濃い青い色をした海と、緑や茶色をした陸地が見え隠れしている。


 ティアがはしゃいでいるバルコニーの下には、何もない。

 天空の祭壇はその名の通り空に浮かんだ島の上にあり、一行の部屋はその島の外縁部、もっとも見晴らしの良い場所に作られていた。


 エルフたちはどうやら、一行のために良い部屋を用意してくれた様だった。

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