第8章「勇者」
8-1「霧の森」
エルフたちが住んでいる「天空の祭壇」へたどり着くために通り抜けなければならない、魔法の力によって作られた門は、霧で包まれた深い森の中にあるという話だった。
エルフたちは、自分たちが創造神クレアーレによって生み出され、世界を作り出すという大仕事にかかわったという種族の誕生の経緯から、在りのままの世界の中で暮らすことを好んでいる。
かつて神々の住まう宮殿であったとされる「天空の祭壇」に今でも暮らしているのは、今もどこかにいるはずの神々の家を守り続け、同時に、神々が作り出したこの世界を見守るためだった。
深い森の中心に天空の祭壇へと通じる門を設置し、魔法の霧で覆い隠しているのは、天空の祭壇へ魔物が入り込めないようにするという目的もあったが、自分たちと考え方の異なる人間たちが容易にエルフたちの領域に入り込まない様にするためでもある。
一行は、魔王ヴェルドゴを倒し、封印して、世界を救うという使命を帯びている。
その目的のために、エルフたちも協力してくれるだろう。
一行はそう信じてはいたが、しかし、あまり自信は持てなかった。
ドワーフたちは一行のために最後にはその全力を挙げてくれたが、それだって、簡単ではなかった。
ウルチモ城塞でエルフとドワーフの援軍を無下に追い払ってしまったことから、ドワーフたちは人間にいい印象を持っておらず、ドワーフの谷へ入るのも一苦労だった。
エルフたちも人間についていい印象は持っていないはずだったし、エルフたちはそもそも、人間のことを避けながら暮らしている。
そんなエルフたちがすんなり一行を受け入れてくれるとは、考えにくかった。
実際、エルフたちは、一行を簡単には受け入れてはくれない様だった。
一行は、パトリア王国へと向かうドワーフの戦士たちと別れ、道なき道を進み、未開の土地を歩き続けて、ようやく霧の森へと到着することができた。
それまでの行程は長く、険しいもので、一行はいくつもの峠を越え、谷を乗り越え、川を渡り、ようやくここまでやって来た。
だが、霧の森は、一行が苦労してここまでたどり着いたのにもかかわらず、一行を拒絶し、その立ち入りを拒んでいる様だった。
霧の中にかすかにたくさんの木々が見えるだけで、光などほとんど届かない薄暗い中を一行は松明を灯しながら進んでいったが、しかし、どれだけ歩いても、天空の祭壇へと続く門へとたどり着くことはできなかった。
霧は深く立ち込めて、一行が今どこにいるのか、前に進んでいるのか、それとも右か左に曲がっているのか、少しも分からない様にしてしまっていた。
そんな中で一行はひたすら歩き続けたが、霧の中の森は少しもその景色を変化させず、全く同じところをずっと歩き続けている様だった。
そして、その感覚は間違ってはいなかった。
一行は迷わない様にと、いつでも引き返せるように目印となる様なものを自分たちが歩いた場所に点々と置いてきたのだが、先頭を進んでいたラーミナがその目印を見つけ、一行は自分たちが同じ場所を歩き続けているということを確信した。
エルフたちは、自分たちを拒(こば)んでいる。
どうやら、そう考えなければならない様だった。
一行は立ち止まると、平らで開けた場所を見つけ、そこに焚火(たきび)を作って休むことにした。
こうなっては、無理に歩き続けても絶対にエルフたちのところにはたどり着けないと、そうアルドル3世から教えられていたからだ。
アルドル3世は人間の中では希少な、エルフとドワーフの両方の種族の住む場所へ足を踏み入れた経験を持つ人物だった。
人間と交易関係のあるドワーフの谷を訪れた人間はアルドル3世の他にも多くいるのだが、エルフの天空の祭壇へとたどり着いた人間は、アルドル3世を含めて数えられるほどしかいない。
長い歴史の中で記録が散逸(さんいつ)してしまっているだけかもしれなかったが、とにかく、エルフたちに会いたいと思っても、エルフの側がその気にならなければどうにもならないというのは動かしがたい事実だった。
エルフたちの気が変わって、一行を受け入れてくれるつもりになるのを待つしかない。
一行はじれったく思ったが、しかし、無理やり歩き続けてもエルフたちに会えない以上、待つしかなかった。
一行は、霧のせいで時間も分からない中、簡単に食事を作って小腹を満たすと、交代で見張りを立てながら休息をとることにした。
長い旅の中で、常に全力を発揮して無理をし続けるのは不可能だということを一行はよく学んでいたから、しっかりと休息をとり、エルフたちの気が変わることを待つことにしたのだ。
最初に見張り役になったのは、ティアとサムだった。
他の仲間たちは寝袋を準備して眠れなくても横になって休み、ティアとサムはお互いの背後を警戒できるよう、焚火(たきび)を囲んで対面に座った。
普段なら太陽の傾きで時間を知るのだが、深い霧で覆われた中でそれは難しく、ティアとサムは持参してきた砂時計を使って交代の時間を計りながら見張ることにした。
見張りの交代までの時間は、砂時計の砂が4回落ちきるまでと決めてある。
「エルフって、話には聞いていたけど、人間のこと好きじゃないのかしらね」
その間じっと霧の向こうにある森を眺めているのもあまりに退屈だったから、ティアはおしゃべりをしたいらしく、サムにそう問いかけた。
「さア、どうだろうな。でも、少なくとも、簡単にいく相手じゃなさそうだぜ」
サムも退屈するよりはマシだと思って、ティアの話に乗ることにする。
「人間のことを嫌うのは勝手だけれど、困った人たちね。私たちにはやらなきゃいけないことがあるのに」
「まぁ、そうなんだがな。でも、きっと何とかなるさ。ドワーフたちだって助けてくれたんだし」
「そうだけど、でも、また何か試練だ、って言われたらどうしようって、思わない? 別にエルフの役に立ちたくないってわけじゃないけど、私たちがこうしている間にも、みんなが苦しい思いをしているってのに」
「焦っても仕方ねぇだろうさ。俺たちがジタバタしたって、エルフたちがその気にならなけりゃどうしようもないんだから。……けど、まぁ、きっとうまくいくさ。ティア嬢ちゃんは頑張っているからな」
楽観的なことしか言わないサムに、ティアは不満そうに唇を尖らせえる。
「何よ? オークのクセに、私を励まそうって言うの? 」
どうやら、ティアは自分が子ども扱いされている様に思えるのが不満であるらしかった。
そんなティアの様子を見て、サムは肩をすくめて見せる。
「ま、これでも35歳のおっさんだからな。嬢ちゃんよりも長生きしてるってことさ」
「フン。偉そうに」
ティアは鼻で笑うと、折った枝を焚火(たきび)の中へと放り込み、そっぽを向いた。
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