7-22「困難な道」
一行は全ての準備を終えると、完全武装のドワーフの戦士団と共に、ドワーフの谷を出発した。
この、マハト王の名代としてアクストによって率いられたおよそ3000人のドワーフの戦士団は、マハト王がパトリア王国に向かわせる援軍の第一陣だった。
マハト王は、一行に素晴らしい贈り物をしてくれただけではなかった。
魔王軍との戦いのために援軍を送り込み、種族を超えて、かつての様に再び人間と一緒に戦うことを選んでくれたのだ。
ドワーフたちはアクストに率いられる3000人を先発隊として、さらに戦士をかき集め、5000人の軍勢を用意し、マハト王自らが率いて諸王国に向かうことにしている。
それは、ドワーフたちが動員できるほぼ全軍で、この合計で8000人にもなるドワーフの戦士たちが出陣してしまうと、ドワーフの谷を守る戦士たちはほとんどいなくなってしまう。
これほど思い切ったことをドワーフたちがしてくれるのは、ドワーフたちが一行のことをかなり気に入ってくれたからだった。
世界の危機を救うため、というのももちろんあったが、ドワーフたちは一行がドワーフの谷で見せた行いを知って、もう一度人間のことを信用すると決め、その全力で手を差し伸べてくれた。
ドワーフの戦士たちは、途中でエルフのところへと向かうために別れることになっている一行を、進む道が別々になるまで護衛しながら進んでいった。
ドワーフたちは隊列を組み、ドラムでリズムを取りながら行進し、角笛を吹き鳴らし、陽気に歌いながら戦場へと向かって行く。
3000という数字は、それほど大きくは無い様に思える。
それでも、一行にとってそのドワーフたちの行進は、「ようやく、状況が良くなり始めた」という、新しい希望をもたらしてくれるものだった。
これまでの旅で、一行は希望を抱くたびに、辛い経験をしてきた。
まずは、自分たちの手で世界を守るのだと意気込んで挑んだ魔王城での敗北。
次に、ウルチモ城塞での戦いで、マールムの策動によって城塞を失陥したこと。
そして、かつての恩師を頼って行った帝国でも、イプルゴスの巡らせた陰謀に巻き込まれてしまった。
それでも一行が歩くことを止めなかったのは、この状況を自分たちが招いてしまったのだという罪の意識から生まれた責任感と、自分たちが諦めてしまえば、それは世界の終わりを意味するという事実からだった。
世界を、救う。
そのために一行はこれから、さらに困難な道を進まなければならない。
人間とも、そしてドワーフともほとんど交流を持たないエルフたちのもとを訪れるためには、これから道なき道を進んでいかなければならない。
ドワーフの谷へ至る道は確かにそこにあり、不正確な部分もあったが地図だってあった。
だが、これから先、エルフの住む天空の祭壇へと至る道は存在しないし、地図も無い。
そして、無事にエルフたちのところへとたどり着き、その助力を得て、聖剣マラキアの力を取り戻し、サムにかけられた魔法を解くことができても、そこからさらに、魔物の大群と、魔王ヴェルドゴと戦わなければならない。
マールムとも、決着をつけなければならないだろう。
魔王軍四天王の最後の生き残りを自称するマールムは、これまでに何度も一行の行く手を阻んできた。
というよりも、一行がやろうとしてきたことを打ち砕いてきたのは、いつもマールムだった。
一行が魔王に挑もうとすれば、マールムは必ず、一行の前に姿を現すのに違いなかった。
それどころか、エルフたちのもとへ向かう間にも、一行の行く手を阻むべく、また姿を現すか、邪魔をしてくるかもしれない。
一行は、この旅の中で、少しずつ成長している。
バーンという仲間も増えたし、戦い続ける間により力をつけてきている。
サムだって、まだ形だけだが、剣を振れるようになった。
それでも、今、マールムが自分たちの目の前に現れたら。
勝てる、と断言することができる者は、一行の中にはまだ誰もいない。
例え勝てるという自信がなくとも、進むことを止めるつもりは無かった。
一行が諦めれば、そこで世界は終わりを迎えてしまう。
その事実が一行に立ち止まることを許さないということもあったが、何よりも、一行は勝ちたかった。
これまでのところ、一行は負けっぱなしだ。
ドワーフの谷では、ドワーフたちの協力を得て目的を達成することができたが、それだって、一行の最終目標である魔王を倒すという使命を果たすための、最初の関門をクリアできただけに過ぎない。
あの、マールムの、不愉快な甲高い笑い声を、忘れたことは無かった。
魔王城での戦いでマールムに全滅させられたことは、4人の少女たちと1頭のおっさんオークにとって忘れられない経験ではあったが、マールムを乗り越えなければ、魔王ヴェルドゴを倒して世界を救うことなどできるはずが無い。
そして何よりも、あんな嫌な奴に負けっぱなしでいることが耐えられなかった。
最後に勝って、そして、何年か後に、この仲間たちで今の戦いの記憶を、思い出話しとして笑い合いたい。
それが、今の一行にとっての夢だった。
そのために、一行はこれから、道なき道を進み、そして、エルフたちが作り出した魔法の霧の中を突破しなければならない。
最後の分かれ道で一行は、パトリア王国へと向かうドワーフの戦士団と、ここまで一行と行動を共にしてきたパトリア王国の兵士たちと別れ、エルフの住む地へと向かって歩き始めた。
一行にとって進む道ははっきりと目には見えず、曖昧(あいまい)で不安定なもので、未来を見通すことなど到底できないことだ。
いつでも不安な気持ちがつきまとい、「また、うまくいかないのではないか」、そう思って、立ち止まりたくなってしまう。
それでも、歩き続けなければ、自分たちが手にしたい未来は、決して手に入らない。
それが、一行がこの旅の中で理解したことであり、諦めたくないと思う理由だった。
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