7-21「ドワーフの贈り物」
聖剣マラキアが修復されれば、一行はすぐにでも出発するつもりだった。
一行がこうしている間にも、諸王国は魔王軍による攻撃を受け続けており、その戦火は広がり続けている。
少しでも早く、この状況を打開する切り札を手にしなければ、犠牲者が増えるばかりだった。
一行がパトリア王国から旅立ってから、世界がどうなっているのか、最新の情報はまだ得られていない。
魔王軍がどこまで侵攻しているのかも、帝国で始まってしまった内乱がどうなっているのかも、新しいことは何も知らされていなかった。
ドワーフたちから協力を得られることになったこと、聖剣マラキアの修復作業が始まったことは、すでにパトリア王国に向かって伝令を出してある。
だが、その伝令がドワーフの谷まで戻ってくるのにはもう少しかかるし、聖剣マラキアが修復され、後はエルフの力を借りてその輝きを取り戻すだけという状態では、伝令が戻ってくるのを待っているわけにもいかなかった。
聖剣マラキアが修復されれば、すぐに旅立つということは、マハト王にも伝えてあることだった。
だが、マハト王は一行を呼び止めた。
マハト王から、一行に対して贈(おく)り物があるのだという。
坑道においてシュピンネを退治し、その犠牲となっていたドワーフたちを救うために力を尽くしてくれた一行に対し、せめてもの感謝の気持ちに受け取ってもらいたいということだった。
一行としては、ドワーフたちにはすでに聖剣マラキアを修復してもらっているのだし、自分たちはほとんどのドワーフを救えなかったのだから、その様な贈り物を受け取るつもりは少しも無かった。
しかし、マハト王が用意してくれたその贈り物の正体を知って、すぐに考え直すことになった。
マハト王が一行のために準備してくれたのは、ドワーフたちが丹精込めて作り上げた、最上級の武器と鎧だったからだ。
ティアのためには胸甲と鎖帷子(くさりかたびら)、腕に装着して使うタイプの小さな盾(バックラー)、そして鋭利なレイピア。
ラーミナのためには、胸甲に鎖帷子(くさりかたびら)と脛あてと籠手、美しい反りを持つ名刀と、強固な外皮を持つ魔物様に作られた短刀。
この他に2人には兜(かぶと)も用意されていたのだが、2人とも視界が悪化することを嫌い、兜(かぶと)については丁重に辞退した。
ルナ、リーン、バーンの3人は魔法を優先して使う魔術師で、魔術師にとって金属は魔力を制御する際に干渉する素材ともなってしまうため、ドワーフたちは護身用の短剣やナイフだけを用意していた。
加えて、3人の魔術師たちには、魔法用の道具を作る役に立てば、と、ドワーフたちが地下深い場所で採掘した様々な宝石が渡された。
そして、驚いたことに、ドワーフたちはサムのためにも武具を用意していた。
それも、全身を守ることができる、兜(かぶと)つきの重厚な板金鎧(プレートメイル)だった。
どうやら、聖剣マラキアを作り直している間に、ドワーフたちが並行してサムのために用意してくれたものであるらしかった。
ドワーフたちもオークのために鎧など作ったことは無かったから、サムが身に着けるためにはそこからさらに調整が必要で、鎧についていた部品を一部取り払って関節の位置に合わせて可動部を調整したり、身に着け方を工夫したりしなければならなかったが、それでも、サムは生まれて初めて、人間だった時代も含めて初めて自分の全身を守る防具を手に入れた。
オークにとって鎧など本来必要は無いはずだったが、サムがこれから臨むことになる戦いには、オークなどより遥かに強力な魔物たちが敵として現れることになるだろう。
そんな時に、ドワーフたちが鍛え上げた最上級の鎧は、心強い味方となってくれるはずだった。
さらに、サムのための武器も用意されていた。
サムは光の神ルクスに選ばれし者、勇者であり、聖剣マラキアを用いて戦うことになるはずだったが、聖剣がその本来の力を取り戻すまでのつなぎとして、ドワーフたちが武器を見繕(みつくろ)ってくれたのだ。
サムに用意されたのは、鋼鉄製の戦棍(メイス)だった。
一応剣の振り方を習ったとはいえまだ素人に毛が生えた程度の実力しかないサムが、そのオークの怪力で振り回すだけでも十分威力を発揮できるようにという、ドワーフたちの配慮だった。
持ち手も、ドワーフたちがサムのオークの手でも持ちやすい様に改良してくれている。
「あら、驚いた! こうしてみると、一人前の騎士みたいじゃない! 」
ドワーフたちからの予想外の贈り物に上機嫌になっているティアは、全ての調整を終えて全身を鎧に包んだサムの姿を見ながら、そう言って楽しそうに笑った。
「おいおい、俺は騎士じゃないぜ。何せ、勇者様なんだからな」
釣られて、サムもそんな風に冗談を言ってしまう。
調整こそ必要ではあったものの、ドワーフたちがサムに用意してくれた鎧は素晴らしいものだった。
よく体に馴染(なじ)むし、調整した結果、サムの身動きに与える影響はほとんど解消され、サムは鎧をつけていない時と同じ様に動き回ることができる。
サム用の鎧は防御力を少しでも強化するために板が厚く作られ、かなりの重量があったが、それも、オークであるサムにとっては問題なかった。
それどころか、一行と旅を始めた最初のころと同じ様に、たくさんの荷物を背負うことだってできる。
それらの贈り物は、本来であれば、小国がまるまる1つ買えて、おつりが来るほどの金額がするはずだった。
それでも、一度心を開いたドワーフたちは、一行に対して気前が良く、物惜しみをしなかった。
ドワーフたちはこの他にも、一行の旅に必要な物資の準備もしてくれていた。
道中で必要な食料や消耗品、そして、それらを運搬するために必要な、サムが背負える様に改造された荷袋など。
一行は元々、パトリア王国で長旅に必要な道具類を買い集めてはあったが、こういった消耗品は買い足す必要があり、これも嬉しい贈り物だった。
こうして、ドワーフたちのおかげで、一行は旅に必要なものを全て整えることができた。
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