7-20「聖剣マラキア」

 シュピンネの犠牲者たちを盛大に弔(とむら)った後、ドワーフたちは一行に約束したとおり、聖剣マラキアを鍛えなおすためにその力を尽くしてくれた。


 ドワーフたちの中でも特に腕の良い鍛冶職人たちが集められ、ドワーフたちは交代で働きながら、昼も夜も作業を止めることなく働き続けた。


 聖剣マラキアを修復するためには、一行が集めた破片だけでは足りなかった。

 一行は魔王城で聖剣マラキアの破片をできるだけ集めてきたのだが、それでも見落としはいくらかあったし、一度砕かれてしまったものを再び元の様に、あるいはそれ以上のものとするためには、新たに貴重な金属を使って強化する必要があった。


 聖剣マラキアに用いられている金属は、イルミニウムと呼ばれているものだった。


 それは、地中深くでしか採掘することのできない数種類の金属をある比率で混合することによって生み出される一種の合金で、人間の世界では聖剣マラキアに関する文献で言及されているだけの、「あるのは知っているが、実物は見たことが無い」ものだった。


 その製法は、ドワーフたちの中でも知る者は少ない。

 長年に渡り職人として鍛錬を積み、その知識と技術を極めたと認められたドワーフにだけ製法が伝えられ、受け継がれてきたものだった。


 その製法は、ドワーフ族の王であるマハト王でさえ知らされていないほどだった。


 かつて聖剣マラキアだった破片と、新たに加えられたイルミニウムは、ドワーフたちによって何日もかけて精錬され、それから、徹底的に鍛え上げられた。

 ドワーフたちは精錬して作り出したイルミニウムの塊を棒状にし、何度も熱してはハンマーで叩き、その中に含まれるわずかな不純物を取り除いていった。


 そうして純粋なイルミニウムだけとなった塊を、ドワーフたちは少しずつ剣の形へと整え、さらに鍛え上げていった。

 その作業には、選ばれた数名のドワーフの鍛冶師だけが携(たずさ)わり、それ以外の者一切の立ち入りを禁じられた。


 ドワーフたちは、3日3晩、不眠不休で聖剣マラキアを鍛え上げた。


 聖剣マラキアが鍛えられている間、一行は何もしていないわけでは無かった。

 マハト王に一行が知る人間の世界の情勢を伝え、ドワーフたちが今後の行動方針を決定する作業を手伝ったり、ドワーフの谷で今後の旅に必要になりそうなものを買い集めたり、ドワーフの優れた戦士たちに武術の稽古(けいこ)をつけてもらったりと、それなりに忙しかった。


 目の前で、救うことができずに失われていった命。

 そして、今も続いている魔王軍との戦いで失われていく命。


 すでに失ってしまったものは取り戻すことができなかったが、これから失うものはできる限り少なくしたい。

 そのために、一行は少しでも強くなる必要があった。


 とりわけ、サムは熱心に武芸を教わった。


 今までは、オークでいる間に自然に体得した我流の戦い方しかできず、いつでも捨て身で、がむしゃらに戦うことしかサムは知らなかった。

 だが、聖剣マラキアが復活し、自分がそれを振るうことになる。

 そのことを自覚したサムは、少しでもいいから剣を使った戦い方を習得しておく必要があった。


 一行の中にも剣を使う者はいたが、ラーミナは刀を愛用していたし、ティアが使うことができるのはレイピアか短剣だけで、聖剣マラキアの様に、諸刃(もろは)の長剣(ちょうけん)の扱い方を知っている者はいなかった。

 それに、これまでの旅はいつも、あともう少しというところでうまくいかず、逃げ出さなければならない様な旅ばかりで、剣の練習などしている暇(ひま)が無かった。


 ドワーフたちは人間よりも小柄で、オークであるサムからすればその戦い方はあまり参考にはならないかもしれなかったが、優れた戦士であるという評判通り、剣の扱い方に精通していた。


 同時に、剣の教え方も上手だった。


 剣技というのは、本来、何年も時間をかけてその扱いに習熟していかなければならないものだった。

 それを、ほんの数日で全て習得するのは、無理な話だった。


 だから、ドワーフたちはサムに、剣の握り方、かまえ方、振り方だけに絞って、要点をまとめて教えた。

 あとは、ひたすら自分の身体で剣を振るって、少しでもその扱いに慣れるためにひたすら素振りの日々だった。


 オークの身体の構造ではドワーフたちの剣の使い方を真似することは難しかったが、パワーだけはあったので、人間や、ドワーフでも少々注意がいる重さの長剣を簡単に振るうことができた。

 人間やドワーフ用の剣の柄(つか)では、オークの手ではうまく持てないという点も、優れた職人であるドワーフたちが細工をしてくれて、何とか持てる様にしてくれた。


 サムは必死に剣を振り続け、どうにか恰好だけはつくようになった。

 その腕前のほどは、ドワーフたちが、サムのために用意した練習用の木偶人形(でくにんぎょう)に剣を振るう様子を見て、肩をすくめて呆れた程度の、付け焼刃(つけやきば)の様なものでしかなかったが、それでもサムにとっては大きな進歩だった。


 やがて、聖剣マラキアは、修復された。


 だが、その姿を見て、一行は戸惑ったようにお互いの顔を見合わせた。

 工房から聖剣マラキアを運んできた職人から剣を受け取り、刀身を包んでいた布を取り払ったマハト王が天に向かってかかげて見せたその剣には、光の神ルクスの力の象徴とされる聖なる光が少しも宿っていなかったからだ。


 それは、一見すると、ただの鋼でできた、ありふれた剣にしか見えなかった。


「あんずるな。聖剣はまだ、その形を取り戻したのみで、未完成なのだ」


 一行が疑問に思い、そして不安に思っていることを察したマハト王はそう言って聖剣マラキアを元の様に布で包み込みながら、にやりと笑った。


「イルミニウムは、特別な金属だ。鋼よりは少しだけ重いが、鋼より遥かに固く、しなやかで、強い剣になる。……そして、その真価は、魔法の力が宿った時に現れる」


 マハト王によると、聖剣マラキアが放つ聖なる光、そしてその魔王を倒す力は、エルフたちが魔法の力を籠(こ)めることでようやく生まれるものなのだという。


「勇者殿。さぁ、受け取られよ」


 サムは、マハト王がそう言って差し出した聖剣マラキアを、少し戸惑ってから受け取った。


 オークとして人々から忌み嫌われ、攻撃されながら生きてきた自分が、勇者として認められ、魔王を倒し、世界を救うための切り札である聖剣を委(ゆだ)ねられるようになった。

 その変化が恐ろしくもあり、嬉しくもあった。


※作者注

 イルミニウムは、熊吉が創作した架空の金属です(検索しても出てこなかったので多分オリジナルです)。


 ラテン語の「輝き」という言葉「イルーミノー」に、金属であることを示す言葉をくっつけて名前を決めました。


ドワーフ族にだけ伝わる特別な合金で、複数の希少金属をある割合で混ぜて作る。

固く、決して錆びない。通常時の見た目は鋼鉄とさほど変わりがないが、若干重い。

魔法の力を得ることで聖なる光を放つようになり、本来の見た目となる。


 という設定です。

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