7-19「葬送」
その日の夜、一行はマハト王が用意してくれた部屋で、あまり眠れない夜を過ごした。
自分たちが助けられなかったドワーフたちのことが、どうしても頭から離れない。
マハト王は一行をドワーフ族の恩人として、同胞(はらから)として迎え入れてくれたものの、それでも、一行にとってシュピンネとの戦いは悔いが残るものとなってしまっていた。
一行は翌朝、マハト王から朝食を共にしないかと声をかけられたにもかかわらず、それに応じることができないほど落ち込み、憔悴(しょうすい)してしまっていた。
一行はそれぞれに与えられた部屋に引きこもり、後悔と責任を感じながら、もう一度立ち上がるためにどうするべきなのかを、それぞれで考え続けていた。
それでも、日が高くなってくると、一行はそれぞれの部屋から出て集合し、不思議そうにお互いの顔を見合わせていた。
何故なら、外の方から、賑やかな楽器の音や、人々の声が聞こえて来たからだ。
それは、たくさんのドワーフたちが命を落としてしまった直後には全く似つかわしくない、華やかな音楽と声だった。
ドワーフの奏(かな)でる音楽と人間の奏でる音楽は、使われる楽器も、曲の雰囲気(ふんいき)も大きく異なっているものだったが、それでも、少しも悲しさを感じさせない陽気なそのメロディは、辛い出来事があった時には似つかわしくないものだということはよく分かる。
ドワーフと人間では、感性が180度異なっているのだろうか?
一行はそう疑念に思ったが、しかし、どうやら事情があるのだと分かった。
その事情は、一行の様子を見に来たマハト王が教えてくれた。
「これが、ドワーフの葬儀なのだ」
武骨な甲冑ではなく、公の式典などを行うための衣装に身を包んだマハト王は、不思議そうな顔をしている一行にそう言って、ドワーフたちがそうしてこんな風に賑やかにしているのかを教えてくれた。
「ドワーフにとって、死とは終わりではない。新たな旅立ちなのだ」
「旅立ち、ですか? 」
ティアの確認の言葉に、マハト王は大きくうなずいて見せた。
「左様。その生を精一杯生き抜いたドワーフは、死したのち、肉体より解き放たれ、魂だけとなって自由にこの世界を旅し、やがて我らの創造主たる火の神イグニスの下に召され、神と共に戦う戦士となるとされている」
ドワーフにとっての死とは、その種族の創造主である火の神イグニスの下で新たな戦いに臨む戦士となるという、栄誉であり、旅立ちであるのだという。
そして、ドワーフたちはその旅立ちを、こうやって盛大に行う習慣を持っているということだった。
「確かに、死とは嫌なもの、寂しいことだ。死した同胞(どうほう)とはもう、笑い合うことも、一緒に酒を飲むことも、歌うこともできぬ。しかし、だからと言って残った我々がくよくよとしていては、旅立つ同胞(どうほう)たちは安心して旅立てぬであろう。であるから、我らドワーフは精一杯賑やかに、笑って、陽気に死者を送り出すのだ」
一行がマハト王に案内されて宮殿の塔の上からドワーフの谷を見渡すと、ドワーフたちは本当に賑やかに同胞(どうほう)の葬儀を行っていた。
ドワーフの谷の通りという通りにはドワーフたちがひしめき合い、建物は多くの旗で飾り立てられている。
街のあちこちで楽器が奏(かな)でられ、踊っているドワーフもいるし、陽気に笑い合い、ごちそうを食べながら酒盛りをしているドワーフたちもいる。
そして、宮殿に作られた広場では、亡くなったドワーフたちの遺体が荼毘(だび)に付(ふ)されていた。
ドワーフたちの遺体は整然と積み上げられた薪木(まきぎ)の上に横たえられ、死に化粧をされ、ドワーフたちが燃え残らない様に木で作った鎧と剣、盾と一緒に、火葬されていく。
城壁の上には、重低音を奏(かな)でるクラリネットを持ったドワーフたちが整列し、ドワーフの遺体に火が放たれるたびに、一斉にクラリネットを吹き鳴らす。
その音はドワーフの谷中に響き渡り、反響して、何度も耳に届き、失われたドワーフたちの命の名残を惜しむ様に聞こえる。
一行がその葬儀の様子を眺めている間に、マハト王は広場に用意された壇上(だんじょう)に立ち、死んでしまったドワーフたちの家族や親類、親しい間柄だった参列者たちを前に、1人1人のドワーフの名前を口にし、弔辞(ちょうじ)を読み上げていった。
そして、ドワーフの葬儀のもっとも厳(おごそ)かな部分が終わると、マハト王は再び一行のところへと戻ってきて、一行を宮殿の中の食堂へと案内した。
そこには、目もくらむようなごちそうが用意されていた。
様々な具材をじっくりと煮込んで作ったシチューに、山盛りのパン、鳥の丸焼きに、牛肉のステーキ。
チーズやハム、ベーコンも皿の上にあふれるほど乗せられている。
何より豊富だったのは、酒だった。
さすがに未成年の少女たちの分は、人間の世界のしきたりに配慮したのか用意されていなかったが、サムの前には特大のジョッキが用意され、サムが案内されるままに席に着くとドワーフの給仕がなみなみとビールを注いでいった。
食卓にはマハト王自身やその家族、そしてドワーフ族の有力者たちや主要な将校たちが集まっていた。
その中にはアクストの姿もあり、彼はすでに酒を飲んでいるのか、上機嫌だった。
やがて、宴会が始まった。
マハト王の合図と共に、ドワーフたちは一斉にごちそうの山にかぶりついていく。
一行は、まだドワーフたちのやり方に慣れることができず、それぞれの気持ちに整理をつけることもできずに戸惑ったままだった。
だが、これが、ドワーフたちのやり方なのだ。
一行の中で最初に食事に手をつけたのは、サムだった。
昨日の朝から食事らしい食事はまともにとれておらず、さすがに空腹を感じていたことと、暗く沈んだ一行の気持ちを晴らすために、年長である自分がまず動かなければと、そう思ったからだ。
サムは、豪快に料理を頬張り、ぐびぐびとビールを口の中に流し込んだ。
その様子を見て、ティア、ラーミナ、ルナ、リーン、バーンの5人も、おずおずと食事に手をつけ始める。
それから一行は、救えなかったドワーフたちの魂を、ドワーフ流のやり方で弔(とむら)うために、たくさんの料理を平らげていった。
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