7-18「流儀」
一行は、ドワーフたちを懸命(けんめい)に救おうとしたが、ドワーフたちは数か月もの間シュピンネに捕らわれ続けていたために衰弱しきっており、その全てを救うことは難しかった。
ルナとバーンが回復魔法を使い、ティアがそれを補助し、ラーミナとサムがルナとバーンからの指示を受けながら薬を使って何とか治療を試みたのだが、現実は非情だった。
シュピンネの犠牲となっていたドワーフたちは少なくとも20人以上もおり、衰弱しきったドワーフたちに対して、回復魔法をまともに使えるのが2名、それを補助できるのが1名では、とても手が足りなかった。
それに、一行は自分たちが使うということを想定した量の薬しか持ってきていなかったため、それだけの量では全てのドワーフたちを救うには到底、足りなかった。
一行は、それでも諦(あきら)めずにドワーフたちを治療し続けた。
だが、リーンがドワーフの救援部隊を引き連れて戻ってくるまでの間に、シュピンネの犠牲者の内の半数がすでに息を引き取っていた。
一行にできたことは、次々と息を引き取っていくドワーフたちの最期の言葉を、できる限り記録することだけだった。
救援部隊として派遣されてきたドワーフの医師たちと合流した一行は、その後もドワーフたちを救えないか努力をし続けたが、シュピンネの犠牲者たちは次々に息を引き取って行った。
エレベーターのところまで運び出されるまでの間にさらに3名のドワーフが死に、そして、エレベーターによって地上へと運び出されるまでの間に、さらに4名のドワーフが命を失った。
最終的に、生きてドワーフの谷に戻ることができたシュピンネの犠牲者たちは、たったの5人に過ぎなかった。
いつの間にか、時間は夜を迎えていた。
午前中から坑道へと入り、昼前にシュピンネと遭遇して死闘を繰り広げ、その後もドワーフの犠牲者たちを救うべく働き続けた一行は、すっかりくたくたになっていた。
昼食もとらずに働き続けた一行だったが、しかし、食欲など少しも無い。
辛い気持ちでいっぱいだった。
一行は、マハト王に課せられた試練を、見事に達成してのけた。
坑道に巣くう強力な怪物であるシュピンネを退治し、その糸の呪縛(じゅばく)からドワーフたちを救い出して見せたのだ。
それでも、嬉しいという気持ちは少しも湧いてこない。
シュピンネから助け出した時には、まだ生きていたドワーフたち。
もしかすると、助けられたかもしれない命。
その命は、一行の目の前で、その手の中で、次々と消えていった。
それで、辛くないはずが無かった。
疲れ果て、失意の中にありながらもようやくドワーフの谷へと戻って来た一行を、険しい顔をしたドワーフの戦士たちの一団が出迎えた。
一行はショックから立ち直れておらず、そのドワーフの一団に対してまともに反応することさえできなかったのだが、その戦士たちは一行に用がある様子だった。
ドワーフの戦士たちはエレベーターから降りてすらいない一行に詰め寄ろうとする。
間に、救援として坑道に派遣されたドワーフたちが割って入らなければ、そのドワーフの戦士たちは一行につかみかかってきていたかもしれなかった。
「お前たち、どうしてこの人間たちの邪魔をするのだ? 」
ドワーフの医師の1人が、険しい表情を浮かべたドワーフの戦士たちに落ち着いた声で問いかける。
「この人間たちは、見事シュピンネを倒したのだ。立派な、勇敢な戦士として、相応の礼節を持って出迎えるのが、我らドワーフの流儀ではないか」
「さよう。我らの流儀。それに反するからこそ、我らはここにいる」
医師の言葉に、ドワーフの戦士の1人が、武器を手に1歩前へと進み出た。
「何故、我が兄弟たちに、栄誉の死を与えなかったのだ!? 我らドワーフは戦士、勇敢に戦って、戦いの中でこそ意義ある死を迎えられるというのに! 」
「そうだ! 何故、その剣によって死を与えなかったのだ!? 」
「栄誉ある最後を迎えられなかった同胞(どうほう)が、不憫(ふびん)でならん! 」
「やはり、その者たちはよそ者だ! 我らドワーフのやり方など、少しも分かっておらん! 」
そのドワーフの言葉に続き、集まってきていたドワーフの戦士たちは口々に一行のことを非難し始めた。
その言葉を、一行は、どこか空虚なまま聞いていた。
一行にとって、そのドワーフの「流儀」というのはよく分からないことだったし、一行なりに言い返したいこともあったのだが、何かを言葉にする様な気力が一行には残っていなかった。
その場は、騒然となり始めた。
一行を守ろうとするドワーフたちと、糾弾(きゅうだん)しようとするドワーフたちの間で、今にも戦いが始まりそうな雰囲気だ。
争いに直接加わっていないドワーフたちも、不安そうな表情を浮かべ、固唾(かたず)を飲んで成り行きに注視している。
「静まれ! 」
対立を終わらせたのは、マハト王の一喝だった。
脳にまで響くような声量(せいりょう)のその声は、一瞬でドワーフたちを威圧し、沈黙させた。
ドワーフたちは潮が引く様に王のために道を開け、マハト王はできた道を、堂々と歩き、まだ呆然としている一行の前まで進み出てくる。
そうして、マハト王は、一行に対して深々と頭を下げた。
「人間よ。シュピンネの討伐、そして、我が同胞(どうほう)を救おうと尽力(じんりょく)してくれたこと、深く、深く感謝を申し上げる。これより後、貴殿らは未来永劫(みらいえいごう)、ドワーフ族の同胞(はらから)として迎え入れよう」
一行は、咄嗟(とっさ)にマハト王の言葉に反応を示すことができなかった。
それは、一行がドワーフたちに受け入れられたということだったが、しかし、一行はそのことに驚いたり、喜んだりするような気持ちの余裕が少しも無かったのだ。
その様子から、一行がどれだけ真剣にドワーフたちを救おうとしたのかを理解したマハト王は、その悲しみを理解して表情を曇らせた。
そして、マントを翻(ひるがえ)しながら背後を振り返ったマハト王は、まだ納得していないぞという顔をしているドワーフの戦士たちに向かって声を張り上げる。
「聞け! 確かに、戦いの中の死こそ、栄誉。それが我らドワーフの流儀である! しかし、この者たちのおかげで我々は、おぞましき魔物と戦った、勇敢な戦士たちの最期の言葉を聞くことができたのだ! それどころか、命を救われた者までおる! 我らが同胞(どうほう)を、命がけで救った。その者たちに対しこの様な態度をとること、それこそがドワーフの流儀に反することであろう! これより、この者たちはドワーフ族にとっての恩人である! さぁ、道を開けよ! 」
そのマハト王の言葉に、一行に詰め寄っていたドワーフの戦士たちははっとした様にお互いの顔を見合わせた。
それから、戦士たちは頭を垂れて、一行の前に道を開けた。
兜(かぶと)に隠れてよく見えなかったが、戦士たちは皆、泣いている様だった。
それは、仲間の死への悲しみを一行に対してぶつけてしまったことへの罪の意識と、そんなことをしてしまった自分たちの情けなさ、そして、帰ってこられなかった仲間の死を悼(いた)む涙だった。
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