7-17「解放」

 そんな、無茶な。

 そう言って反対したのはバーンだったが、しかし、今すぐに、何でもいいから手を打たないとティアとラーミナが危険だった。


 3人の魔術師たちは一瞬だけ迷った後、すぐに魔法の呪文を唱え始める。

 ルナとバーンが同時に同じ魔法を唱え、その2人に、リーンが魔力を供給することで威力を高める。


 サムは、ツルハシをかまえたまま、いつ吹き飛ばされてもいい様に身構える。


 やがて、魔術師たちは魔法を解き放った。

 ルナとバーンが一際大きな声で呪文を唱え終えると、サムの全身を強烈な衝撃が襲い、サムの身体は空中へと吹き飛ばされていた。

 サムに言われた通り、遠慮せず、思い切りやった様だった。


 それは、荒々しい飛行方法だった。

 魔法攻撃に対してはさほど強靭ではないサムにとってその飛行はとても快適なものではなく、かなりの苦痛を伴うものだったが、それでもサムはティアとラーミナを助け出すために、たった1度しかないかもしれないチャンスをものにするために集中していた。


 リーンの炎の槍も、ティアとラーミナの剣と刀もシュピンネを傷つけることができていない。

 おそらく、シュピンネの外皮は鋼鉄の様に固く、まともに攻撃が通らないのだろう。


 だが、サムには、シュピンネの身体でただ一か所、柔らかそうな場所がどこか、見当がついていた。


 それは、シュピンネの不気味な目だった。


 ティアとラーミナに嘴(くちばし)を突き刺そうとしていたシュピンネの目がぎょろりとうごめき、魔法によって吹き飛ばされてきたサムの姿をとらえる。


「うォオオオオオッ!! 」


 サムは魔法で吹き飛ばされた痛みと、絶対に仲間を救うのだという思いを込めて咆哮しながら、シュピンネの犠牲となったドワーフたちが使っていたはずのツルハシの先端をシュピンネの目へと叩きつけた。


 ドワーフたちが丁寧に鍛え上げたツルハシの切っ先は、柔らかなシュピンネの眼球を貫いた。

 ツルハシは深々と突き刺さって、その傷口から白濁(はくだく)した気味の悪いシュピンネの体液が噴き出してくる。


 攻撃は、効果があった様だった。

 シュピンネはもがき苦しみ、そして、天井から地面へと落下したのだ。


 サムは、ツルハシにしがみついたまま、シュピンネと一緒になって落ちた。

 落下の衝撃にも必死に耐えたサムは、そのままシュピンネにつかみかかり、オークのおぞましい声で叫びながら、ツルハシを引き抜き、振り上げて、何度も、何度も、シュピンネの眼球へと振り下ろした。


 やがてツルハシの柄(つか)が折れると、サムは今度はシュピンネの嘴(くちばし)へとつかみかかり、それを両手でつかんで脇に抱えると、全身の力を使ってへし折った。

 シュピンネの嘴(くちばし)はその外皮と同じ様に鋼鉄並みに固かったが、オークの力も強く、バキン、と音を立てて砕け散った。


 シュピンネは一際激しく暴れ、サムは耐え切れずに突き飛ばされてしまう。

 シュピンネはそのままひっくり返って腹を見せると、脚をジタバタとさせながら暴れ続け、そして、最後には動かなくなった。


 シュピンネに操られていたドワーフたちも、操る者がいなくなった人形の様に力を失い、ドサドサと倒れていく。


「サム、トドメを刺せ! 」


 シュピンネの体液にまみれながら呆然としていたサムに、ラーミナがそう叫びながら、自身の愛刀をサムに向かって地面の上を滑らせた。


 シュピンネは動かなくなったが、死んだふりをしているだけかもしれない。

 サムはラーミナの刀をつかみ、何とか立ち上がると、少しふらつきながらシュピンネに接近し、腹を見せて横たわっているシュピンネの外皮に隙間を見つけて、そこから自分の全ての体重をかけてラーミナの刀を突き刺した。


 案の定、シュピンネにはまだ息があった。

 ラーミナの刀の切っ先が自身の肉体へ突き刺される感触を察知すると、シュピンネは再びジタバタと暴れ出す。


 だが、それまでに受けたダメージも大きかった様だった。

 その力はもはやサムを振り払えるほどではなく、サムは、一心不乱に、ラーミナの刀を何度もシュピンネに突き刺しては引き抜くという動作を繰り返した。


 やがて、シュピンネは動くのをやめた。

 それでもサムは念入りに10回以上もラーミナの刀をシュピンネの身体へと突き刺し続け、ラーミナの刀が曲がり、バキン、と音を立てて根元から折れると、ようやくその行動を止めた。


 サムは、シュピンネが完全に動かなくなったことを確認すると、その場にへなへなになって座り込んでしまう。

 シュピンネが息絶え、その糸がほどける様に緩むのと同時に、サムの緊張の糸も切れてしまったのだ。


 必死に戦っていたからその間は忘れていたが、サムは、仲間をまた失うのではないかと、不安でいっぱいだった。


 だが、どうやら、サムは今度こそ、仲間を救うことができた様だった。

 サムが肩で息をしながら視線を向けると、緩んだシュピンネの糸の中から、もぞもぞとティアとラーミナが抜け出そうとしているところだった。


 2人はサムに向かって「自分たちは大丈夫」と言う様に笑顔を見せると、ティアが拳をサムの方に突き出し、親指を立てて見せた。


 その仕草に、サムもようやく、微笑みを見せる。


 その間に、シュピンネに操られ、そしてようやく解放されたドワーフたちに、ルナとバーンが駆け寄っていた。

 倒れたまま動かないドワーフの首筋に指先を当て、その脈を確かめたバーンは、顔をあげて叫ぶ。


「まだ、脈があります! でも、とても弱いし、遅い! リーン、すぐに上に行って、他のドワーフたちも呼んできてください! 僕とルナさんだけでは、とても間に合いません! 」

「分かった」


 リーンはうなずき終わる前に、すでに走り出していた。


 サムも、気力を振り絞ってどうにか立ち上がる。

 まだ、一行にはやらなければならないことがある様だった。

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