7-16「シュピンネ」

「うわっ!? 」「くっ!!? 」


 突然上から糸で絡(から)め取られたティアとラーミナは、短い悲鳴と共にシュピンネによって引っ張り上げられる。


「このっ、させるかっ! 」


 サムが咄嗟(とっさ)に2人の脚をつかんだことで何とかシュピンネのところまで引っ張りあげられることは防げたが、しかし、オークの力でもシュピンネから2人を取り戻すことは難しかった。


 それどころか、サムでさえ引きずられて、サムの足がずるずると滑り出す。

 ティアとラーミナはそれぞれの武器で糸を切ろうと必死になるが、ドワーフたちの糸を切れなかったようにうまくいかなかった。


 バーンが魔法の光を灯し、光の球を作り出して天井へ向かって打ち出した。

 その光に照らし出され、シュピンネの姿があらわになる。


 蜘蛛(くも)という意味の名前でドワーフたちに呼ばれている通り、シュピンネは蜘蛛(くも)によく似た姿をしていた。

 蜘蛛(くも)と同じ様に4対の脚を持ち、体の作りも似ていて、体の大きさは人間の数倍ほどもある。

 そして、その全身は灰色の細長い毛によって覆(おお)われている。


 ただ、蜘蛛(くも)をそのまま大きくしただけではなく、その頭部には巨大な目が1つだけあり、口は無く、代わりに鋭利な先端を持つ嘴(くちばし)がついている。

 蜘蛛(くも)の手足は細長いことが多いが、シュピンネの場合はそれが太く、先端には岩にさえ食い込ませることができるほど固い爪がついている。

オークであるサムよりもさらに引っ張る力が強いのは、この太い脚で岩肌にしっかりと身体を固定しているからの様だった。


 シュピンネは、暗闇の中にいたのに急に光で照らし出されて、不快そうに身じろぎをした。

 もし多くの怪物と同じ様に口を持っていれば、悲鳴でも上げたのかもしれない。


「ひっ!? 」


 シュピンネの姿を見て思わずそう悲鳴を漏(も)らしたのは、ルナだった。

 ティアとラーミナも、悲鳴こそ上げなかったものの、恐ろしく、そして不快そうに顔を青ざめさせている。

 3人は虫が苦手の様だった。


 もっとも、シュピンネのその巨大さは、虫のことなどさほど気にならないサムにとっても不快だった。

 その上、たった1つだけある目がぎょろぎょろと動いているのが異様に不気味で、思わず身震いしてしまうほどだ。

 バーンも、実際に魔物と戦った経験が少ないようで、シュピンネの姿にたじろいでいる様だった。


 リーンは、いつもの様に炎の魔法の呪文を唱えていた。

 バーンの魔法の光で照らし出されたことでその位置がようやくはっきりとしたシュピンネに向かってリーンは5本の炎の槍を生み出し、一斉に解き放った。


 シュピンネはティアとラーミナに向かって糸を放ち絡(から)め取っている最中だったから、リーンの攻撃を回避することができなかった。

 炎の槍は次々とシュピンネへと命中し、シュピンネを炎が包み込む。


 しかし、シュピンネは炎ではびくともしなかった。

 その外皮は固く、炎の槍では貫けなかった上に、その体毛も燃えやすい様に見えて難燃性なのか、少し焦げただけだった。

 シュピンネから吐き出されている糸も、ほとんどダメージを負っていない様だ。


 それでも、リーンによる攻撃はシュピンネを怒り狂わせるのには十分なものであったらしい。

 シュピンネはさらに糸を吐き出し、ティアとラーミナをより強く絡(から)め取ると、さらに強い力で引っ張り上げた。


「うそでしょっ!? 」「おのれっ! 」「ぬわぁっ!? 」


 シュピンネの力は強く、ティア、ラーミナ、サムの3人まとめて、宙づりにされてしまった。

 何の感触もなくなった足をサムがジタバタさせてみても、当然、どうすることもできなかった。


 そんなサムに向かって、ティアが叫ぶ。


「サム、このままじゃアンタまで道連れにされちゃう! 私たちはいいから、手を放して下の3人と合流しなさい! 」

「バカ言うな! 絶対に、放すもんかよ! 」

「バカはそっち! 下の3人と何とかなる様に方法を考えなさいよ! それと、このままじゃアンタの重みで脚が千切れそうなの! 」


 ティアの要求をサムは拒否したが、ティアの心はすでに決まっているらしく、サムにつかまれていない方の脚でサムの手を激しく蹴りつけた。

 サムはそれでも2人にしがみついていたが、ラーミナまでもがサムを蹴り始めて、頑丈なオークの指でもさすがに耐え切れず、サムは手を放してしまった。


 サムは地面に叩きつけられる直前でバーンとルナが唱えた魔法の風で受け止められ、何とか怪我もなく着地することができた。

それからティアとラーミナがどうなったのかを探すと、サムという重りを失ったことで2人は急速にシュピンネにひっぱりあげられているところだった。


 シュピンネのすぐ近くまで引き寄せられてしまった2人は、それぞれの剣と刀、そして全身を使って暴れて見せたが、しかし、シュピンネはびくともしなかった。

 そして、シュピンネの鋭い針の様な嘴(くちばし)が2人へと向けられる。

 シュピンネは、その嘴(くちばし)を2人に突き刺そうとしている様だったが、幸いなことに2人が身に着けている胸甲がそれを弾き、カツン、カツン、という音が響いた。


 それでも、2人がピンチであることは何も変わらない。

 シュピンネが嘴(くちばし)を突き刺してどうするつもりなのか、2人を捕食して体液を吸い上げるつもりなのか、それとも何かの薬剤を注射して他のドワーフたちの様に2人を操り人形にしようとしているのかは分からないが、どちらも避けたいことだった。


 サムはティアに言われた通り、必死になってどうすればこの状況を打開できるのかを考えた。

 そうして、自分がついさっき、地面に叩きつけられずに済んだことを思い出し、自分と同じ様に必死に何か手が無いかを考えていた3人の魔術師たちの方を振り返る。


「なぁ、お前ら! 俺を、あそこまで吹っ飛ばせるか!? 」


 突然そう言ったサムに、3人の魔術師たちは戸惑ったような視線を向ける。

 その間に、サムは足元に偶然落ちていたドワーフのツルハシを拾い上げ、構えをとっていた。


 そうして、サムは3人の魔術師たちに向かって叫ぶ。


「いいから、俺を、さっきの魔法をもっと強くして、あの蜘蛛(くも)ヤロウのところまで吹っ飛ばしてくれ! その勢いで、コイツを叩きつけてやるんだ! 俺はオークだ、だから遠慮せず思いっきりやってくれ! 」

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