7-15「操り人形」

 だが、一行はすぐには攻撃を開始しなかった。

 ドワーフたちはとても生きている様に思えなかったし、不気味で奇妙な叫び声や唸(うな)り声をあげながら一行に迫ってきていたが、かといって絶対に死んでいるとは限らず、問答無用で攻撃を加えるのは躊躇(ためら)われることだった。


 少なくとも、ドワーフたちの肌は瑞々(みずみず)しいままで、とても数か月前に死んだ遺体だとは思えなかった。


「ティア、どうする!? 斬るか!? 」

「ま、待って! もし、もしも、みんなまだ生きていたら……っ」


 ラーミナの言葉に、ティアは迷っている様にそう答える。


 ティアが迷うのは当然だったし、一行はみんな、迷っていた。

 もし、ドワーフたちが生きたままシュピンネに捕らわれ、その糸に操られているのだとしたら、このまま戦ってドワーフたちを傷つけるのは避けたいことだった。

 一行はドワーフの力を借りるためにここまで来たのであって、何の罪もないドワーフたちを傷つけることはしたくなかった。


 一行が迷っている間にも、ドワーフたちは迫ってくる。

 その手には、ドワーフたちが糸に絡め取られる前にシュピンネに抵抗するべく手にしたのであろう剣や棍棒、ツルハシなどが握られており、一行に十分に近づいたドワーフたちはそれを振り上げて、一行に襲いかかって来た。


「み、みんな! いったん後退、後退しましょう! 」


 緩慢(かんまん)な動きで振り下ろされるドワーフたちの攻撃を自分たちの武器で払いのけながら、ティアはひとまず後退することを決断した。


 ドワーフが本当に死んでいるのかどうか、生きているのか。

 そして、シュピンネはどこからドワーフたちを操っているのか。

 それが分からない以上、迂闊(うかつ)に手を出すわけにはいかなかった。


 幸いなことに、シュピンネがドワーフたちを操って一行に攻撃させることができる範囲には、限りがあった様だった。


 一行が坑道の手前側へと退却していき、シュピンネの糸であまり侵食されていないところまで退くと、ドワーフたちは一行を追うことを止め、その場に立ち止まったのだ。


 ひとまずは、時間が稼げる。

 一行がそう安堵した時、ドワーフたちの口から、呻き声ではない、意味のある言葉が聞こえてきた。


「コロ……セ」

「コロ……シテ……クレ」


 それは、熱にうなされる様な、苦しそうな、悲痛な声だった。


「そんなっ!? この人たちは、みんな、生きている!? 」


 ドワーフたちの言葉の意味を理解したルナが、ショックを受けたように自身の両手で口元を覆い隠す。


「シュピンネが、そう言わせているだけかもしれない」


 ラーミナは冷静にそう言ったが、しかし、彼女にも、一行の誰にも、ドワーフたちが本当に死んでいると断言できる者は誰もいなかった。


 マハト王が、一行にシュピンネ退治を依頼してきた理由が明らかになった。

 ドワーフたちは皆勇敢な戦士たちであったが、自分たちの同胞を手にかけることはどうしてもできないことだったのだろう。


 一行が戸惑い、迷っている間にも、ドワーフたちの悲痛な言葉が、途切れることなく聞こえてくる。


「コロし……て」「シナ……セテ」「カイホウシテ」「モウ……クラヤミ……ハ、イ……ヤ」


 一行は、どうするべきか判断を下せず、ただ立ちすくむしかできなかった。


「もぅ! どうして、いつもいつも、魔物ってのは嫌なことばっかりしてきて! 」


 やがて、ティアはそう叫ぶと、振り返って、次々と指示を下していく。


「できれば、ドワーフのみんなは助ける! ルナ、バーン、できるならリーンも、魔法でシュピンネの位置を探って! 学院で似た様なことをする魔物の話を聞いたことがあるんだけど、魔力で対象を支配下に置いて操るそうだから、その出所を突き止めて! 」

「あ、わかりました! 」「了解です! 」「分かった」

「ラーミナとサムは、私についてきて! 少し暴れて見せれば、シュピンネが出てくるかもしれないわ! あと、運が良ければ、糸を何とかしてみんなを助けられるかも! 」

「承知した」「お、おう。分かったぜ」


 それは、悩みに悩んだ末の、やけっぱちの様なものだった。

 一行は、ここでこのままじっとしているわけにはいかなかったし、何よりも、苦しみの中にあるドワーフたちを1秒でも早く救わなければならなかった。


 ティアは雄叫びをあげながらドワーフたちの中に突っ込んでいき、ラーミナとサムもその後に続く。

 ドワーフたちは一斉に2人と1頭へ向かって群がった。


 ティアとラーミナはドワーフたちの攻撃をかわしたり、打ち払ったりしながら、ドワーフたちにまとわりついている糸を自身の剣でどうにか切り払おうと試みる。

 サムはオークの防御力に任せてドワーフたちのなすがままにされながら、何とか糸を引きちぎれないか挑戦する。


 だが、糸は剣では切れないし、オークの怪力をもってしても引きちぎることは難しかった。

 それでも誰も諦(あきら)めずに挑戦し続けたが、徐々にドワーフたちは2人と1頭の周りに集まり、その身動きを封じ込める様な動きを見せ始める。

 ドワーフたちに囲まれて逃げ場が無くなりつつあるティアが、魔術師たちに向かって叫んだ。


「ルナ、バーン、リーン! まだシュピンネの場所は分からない!? 」

「すみませんっ! まだですっ」「糸づたいに魔力が流れているみたいなんですが、糸の数が多すぎてっ! 」


 ルナもバーンも必死にシュピンネの居場所を探そうとしている様子だったが、なかなかうまくはいかないらしい。


 その時、リーンが唐突に坑道の天井の一部を指さし、短く、だがはっきりと言った。


「うえ」


 坑道の天井に隠れ潜んでいたシュピンネが糸を吐き出し、ティアとラーミナを絡め取ったのは、その瞬間だった。


※作者注

 リーンの名誉のために捕捉いたしますと、リーンはシュピンネに気がついてすぐに警告しましたが、ちょっと間に合わなかった感じです。

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