7-14「蜘蛛の怪物」

 坑道は、天然の洞窟の部分と、それをドワーフたちが堀広げ、木材などによって補強した部分でできていた。

 地下深くのため暗く、一行は魔法の光を灯して進むしかなかったが、ところどころにはドワーフたちが設置していったらしい魔法の力で光る松明が残されていて、明るい場所もあった。


 そういった場所には、ドワーフたちがそこにいた痕跡(こんせき)が残されていた。

 それはキャンプの跡だったり、靴や服、掘削のための道具など、ドワーフたちの身の回りのものであったりした。


 それらの多くは、散乱した状態だった。

 中にはドワーフたちがもし行動の奥で未知の魔物に遭遇したら、と準備していたらしい剣や盾が手つかずのまま転がっていて、ドワーフたちがシュピンネの唐突な攻撃によほど混乱し、慌てたらしいという様子が分かった。


 どこかから、岩肌から染み出した地下水が、ぴちょん、ぴちょん、と音を立てながら水たまりの上に落ちる音が響いてくる。

 一行が探索しながら見つけた地下水脈の水たまりは、今までに見たどんな水よりも透き通っていて、そして、水深は奥深く、一切の光が届かないほど遠かった。


 パチン、パチン、という、小石が木の板に当たる様な音も聞こえてくる。

 それは、岩ハネとも呼ばれることがある現象で、地下深くであるために上に乗った分厚い地盤から受ける強烈な圧力で固い岩の表面がはがれ、弾き飛ばされて、ドワーフたちが補強するのに使った木材に当たる音だった。


 やがて一行は、シュピンネがそこにいたらしい痕跡(こんせき)を発見した。


 それは、蜘蛛(くも)の糸だった。

 それも、たくさんの。


 坑道の奥深くへと進んでいくと、徐々にシュピンネが張り巡らせたらしい蜘蛛(くも)の糸が現れ、それはやがて、坑道の壁面を覆(おお)うほどになって行った。


 蜘蛛(くも)は獲物(えもの)を捕らえるために糸で巣を作って罠を張るが、そのシュピンネの糸はそれとは様子が少し違った。

 獲物(えもの)を捕らえるための粘着性はなく、何というか、ドワーフたちが岩ハネから身を守るために坑道を補強している様に、シュピンネも自身の吐き出す糸によって、坑道を補強しようとしているかの様だった。


 つまり、一行はすでにシュピンネのテリトリーへ入ったということだった。


 さらに警戒を強くし、必要ならシュピンネの糸を焼き払いながら進んで行った一行は、その先でおぞましい光景を目にすることになった。


 それは、たくさんのドワーフたちの遺体だった。

 それも、シュピンネの糸によってからめとられ、磔(はりつけ)にされているかのようにさらされている。

 シュピンネの襲撃による犠牲者たちに違いなかった。


 一行はその光景を目にして、ドワーフたちの犠牲者の多さに息をのんだが、同時に、奇妙なことにも気がついた。


 ドワーフたちの話によれば、シュピンネの襲撃があったのは数か月前だ。

 それなのに、シュピンネの糸にからめとられたドワーフたちの遺体は、妙に瑞々(みずみず)しく、まるで、たった今、命を奪われたかの様だった。


「どうする? とりあえず、蜘蛛(くも)の糸から、あの人たちを助けるか? 」

「……いえ。まずは、シュピンネを倒しましょう。ドワーフたちをこんな風にしておくのは忍びないけれど、糸を取り払っている途中に襲われたら、私たちが危ないわ」


 サムはドワーフたちを蜘蛛(くも)の糸の呪縛(じゅばく)から解放することを先にやるかどうかをたずねたが、ティアは少し考えたのち、そう言って首を振った。


「あっ!? 」


 その時突然、そう大きな声を出したのはルナだった。


 どこにシュピンネが潜んでいるかも分からない様な状況で、迂闊(うかつ)としか言いようのないその行動に、一行は顔をしかめ、「シーッ」と人差し指を立てる。

 すぐに反省してシュンとなったルナだったが、彼女はある一点を指さして、自分が叫んだ理由を説明する。


「あの……、あそこで、何か動いた様な気がしたんです? 」

「何ですって? シュピンネ? 」

「いえ、蜘蛛(くも)には見えませんでした。もしかすると、まだ生きているドワーフさんがいるのかも」


 ルナのその言葉で顔を見合わせた一行は、ルナが指し示した方向へと視線を向ける。

 魔法の光によって淡く照らし出された中に、確かに、人間の様なものが動いている様な気がした。


 その様子を正確に確認するためにバーンが魔法の光を増やして辺りを明るく照らそうと呪文を唱えると、辺りは地上にいるのと変わらないほどに明るくなった。


 そして、その中で、確かにドワーフが動いていた。

 それも、どうやら1人だけではないらしい。


 シュピンネの糸に絡め取られたドワーフたち。

 一行が、「死んでいる」と思っていたドワーフたちが、魔法の光に照らし出されながら、一斉に動き出していた。


「なっ、何!? どうなってんの!? 」


 ティアが戸惑いと恐れの入り混じった声をあげる中、糸の中から立ち上がったドワーフたちは、一斉に悲鳴のような叫び声をあげた。


 それは、異様な光景だった。


 ドワーフたちは、確かに動いている。

 だが、とても生きている様には見えなかった。

 ドワーフたちはみな白目をむき、正気を失ったように涎(よだれ)をたらしながら叫び、ふらふらと身体を揺らしながら、覚束ない足取りで一行へと向かって歩き始める。


 まるで、下手な人形使いに、糸で操られている様だった。


「みなさん、気をつけてください! あの人たちは、シュピンネに操られています! 」


 一行の中で比較的冷静さを保っていたバーンの声で、一行は我に返った。


「みんな! 戦うわよ! 」


 ティアがそう叫ぶと、一行は、それぞれの武器を取り、シュピンネに操られたドワーフたちと戦うためのかまえを取った。

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