7-13「坑道」
マハト王との謁見を済ませた後、一行はドワーフの谷で一晩を過ごした。
マハト王の好意によって一行には宮殿の中に部屋が与えられ、そこで、全てがドワーフサイズに作られていたものの、十分な休息と準備をすることができた。
それから、ドワーフの谷の入り口を守る城塞へと戻るアクストに、一行と同行してきた他の兵士たちへの伝言をたくすと、一行はドワーフの街がある場所よりもさらに下層へと向かって行った。
谷の断崖を削り、堀抜いて作られたドワーフの街の奥に、ドワーフたちが「エレベーター」と呼んでいるものがあった。
それは、基本的には一行がここまでやってくるのにも利用したゴンドラと同じ仕組みのもので、頂上に巨大な滑車があり、そこから頑丈なロープで吊るされ、一方には人や物を乗せるリフトが、もう一方にはリフトと釣り合う様に重りがついている。
ロープウェイと同じ様にそのリフトは蒸気エンジンによって動かされ、人や物を乗せて上下に動くようになっていた。
一行は、しばらくの間使われていないらしい、だが設備には少しも痛みのない、「作ってすぐに使われなくなった」様な様子のエレベーターに乗り込むと、一行をそこまで案内してきたドワーフたちにエレベーターを動かしてもらい、そのまま下の方へ向かって降りていった。
マハト王が一行へと与えた「試練」。
それは、ドワーフたちの坑道の奥に潜む魔物、「シュピンネ」と討伐して欲しいということだった。
シュピンネは、数か月前、ちょうど一行が魔王城でマールムと戦い、破れて、魔王が復活するという出来事があったころに現れた魔物だった。
現れた、というのは、少し違う。
正確には、シュピンネはずっと地中の奥深くにあり、魔王の復活と時を同じくして再び活動を開始したということである様だった。
シュピンネが現れたのは、ドワーフたちが新しく掘り進めていた坑道の奥だった。
その坑道は、ドワーフたちが古くから掘り進めて有用な鉱物はあらかた採掘してしまった上層から、新しい鉱脈を求めて地下深くまで掘り進んだことで生まれたものだった。
エレベーターを使って深くへ、深くへ、試掘をくり返しながら掘り進んだドワーフたちは深層で有用な鉱物が多数採掘できる天然の洞窟に遭遇し、しばらくの間はそこで多くの鉱物を入手できていた。
だが、突然、シュピンネが現れた。
シュピンネ、ドワーフたちが「蜘蛛(くも)」と名づけたその魔物は、坑道で作業をしていたドワーフたちを襲い、ドワーフたちには多くの犠牲者が出てしまった。
それ以来、マハト王の命令で深層の坑道へと降りることは固く禁じられ、ドワーフたちは貴重な鉱物が多数そこにあることを知っているのに、手が出せないという状況が続いている。
そのシュピンネを倒し、再び坑道を使えるようにして欲しいというのが、マハト王が一行に協力する「対価」として要求したことだった。
勇猛で頑固なことで知られるドワーフが、自分たちの故郷で起こった問題を人間に託す。
そのことで、一行には「少し引っかかる」様な感覚もあった。
シュピンネは、恐らくは太古の神々の戦争の時代からずっと、地中で眠り続けていたのだろう。
偶然地中深くに閉じ込められたのか、それとも自分から潜っていったのかは分からないが、太古の時代において、神々の戦争に暗黒神テネブラエが敗北し、魔王も聖剣マラキアによって当時の勇者に封じられてしまった後、シュピンネは地中の奥深くでじっと眠り続けていたのは、確かである様だ。
そのシュピンネが突然目を覚まし、ドワーフたちを襲ったのは、魔王が復活したからに違いなかった。
だから、一行に責任があると言えなくも無いのだが、それでも、なんだか引っかかる。
ドワーフたちは皆、勇猛果敢な戦士として知られている。
そのドワーフたちが、強力な魔物とは言え、たかが1匹を前に手をこまねき、犠牲となったドワーフたちの遺体を回収しようともせずに坑道を封鎖するだけで済ましてしまうというのは、考えにくい話だった。
その上、ドワーフの力を借りるためにやって来たとは言え、外部の、それも人間たちの力に頼るとは、ますます不可解だった。
マハト王は、そのわけを詳しくは語らなかった。
ドワーフ特有の気質として、気難しく、そして少々せっかちなところがある。
酒を飲んでいる時は、それはもう陽気なのだが、素面(しらふ)でいるときのドワーフたちは、些細(ささい)なことでイラ立ったり、怒鳴ったりすることもある。
ドワーフたちにとってはそれが平常なのだが、人間からすると少し怖くもある。
マハト王もそんなドワーフの1人だったから、一行にイチイチ懇切丁寧(こんせつていねい)に教えるよりも、「そこに行って、なすべきことをなせ」という態度だった。
「あれこれ口で言うよりもまず、行動で示せ」というのが、ドワーフたちの流儀である様だ。
だから、一行はとにかく、坑道の奥へ向かって進むしかなかった。
シュピンネについての情報は、あまり多くは無かった。
大きな蜘蛛(くも)の様な姿をした怪物で、その動きは素早く、外殻は鎧の様に固く、生半可な剣や弓では傷もつけられないということだけははっきりとしている。
他にも何かありそうだったが、ドワーフたちは皆、口をつぐんで一行にそれ以上は教えようとはしなかった。
教えたくない、というよりは、思い出したくない、という風な様子だった。
不安は大きかったが、一行は、ドワーフたちからの協力を得るために、進んでいく他は無かった。
エレベーターを使って長い距離を降下した後、一行は、シュピンネによって支配されている坑道の入り口に立っていた。
最初は、ドワーフたちが掘り進んだ跡であるツルハシやハンマーで叩いた後の残る、木製の支柱と壁や天井で保護された坑道が続いていたが、やがて、一行は広々とした空間へとたどり着いた。
どうやらそこがドワーフたちのたどり着いた天然の洞窟であり、シュピンネの棲み処となっている場所であるらしかった。
一行はいつ攻撃を受けてもいい様に警戒し、それぞれの武器をかまえて、慎重に、奥へ、奥へと進んでいった。
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