7-12「マハト王」

 謁見の間の構造は、人間も、ドワーフも大差がなかった。

 大きな長方形の部屋があって、その入り口の正面、部屋の奥に一段高い場所があり、その上に王座が備えられて、王はそこから謁見に応じる。


 ドワーフの謁見の間は、かなり明るい場所だった。

 と言うのも、人間の社会では貴重品であるはずのガラスがドワーフの谷ではありふれたものであるらしく、謁見の間の天井にふんだんにガラスが使われていて、そこから外部の光をたくさん取り込むことができるからだ。


 そう言えば、優れた武具に気をとられてあまり印象には残らなかったが、ドワーフの街にも身分にかかわらずたくさんのガラスが使われていたと、一行は思い起こした。


 ドワーフの謁見の間の王座には、ドワーフ族の王、マハト王が鎮座していた。

 ドワーフの表情は豊かな髭(ひげ)に隠れていることが多く、人間には簡単には判別できないのだが、今のマハト王は少し不機嫌そうな印象を受ける視線を一行へと向けている。


 マハト王はドワーフとしてはやや体格がよく、筋骨隆々としていてたくましく、身体にはいくつも傷跡がある様だった。

 王であるにもかかわらず、豪華な衣装ではなく鎖帷子を身に着けているその姿は、歴戦のつわもの、常に戦いの中に身を置く勇猛な王といった印象を一行に与えた。


「人間の使者よ。顔をあげよ」


 一行がマハト王の前に進み出て跪(ひざまず)いて頭(こうべ)を垂れると、マハト王はやや濁(にご)った声で一行にそう言った。

 一行がその声に少し緊張しながら顔をあげると、マハト王は「用件を述べよ。すでにあらましはアクストより聞いたが、貴殿らの口から直接聞きたい」と一行に命じた。


「私たちは、聖剣マラキアのことでドワーフ族のお力をお借りしたく、ここまで旅をしてまいりました」


 ティアは少し震える声で、それでも気丈にマハト王へと説明した。


 一行が魔王に挑もうとしたために、聖剣マラキアを失うことになってしまったこと。

 そして、サムが、実はオークではなく、光の神ルクスによって選ばれた勇者であるということ。

 それから、聖剣マラキアのことも、サムのことも、マールムという魔物が原因であること。


 ティアは、必死に、言葉を選びながら説明した。

 このマハト王との会見で、ドワーフ族の助力が得られるのかどうか、一行がまた魔王に立ち向かうチャンスを得られるかどうかが、決まってしまうのだ。

 ティアにかかっているプレッシャーは、サムには想像もつかないほど大きなものだっただろう。


「なるほど。聖剣のことは、あい分かった。恐らく、聖剣マラキアを打ち直せるのは、我らドワーフ族を除いて他にはおらぬであろう」


 ティアの説明を聞き終えた後、マハト王は重々しくうなずきながらそう言った。

 その言葉に、一行は少しだけ表情を明るくする。

 少なくとも、マハト王は聖剣マラキアの修復について、前向きに考えてくれているように聞こえたからだ。


「しかし、その魔物、オークが、実際は光の神ルクスに選ばれし勇者であるということは、誠のことなのか? 」


 それからそのマハト王の言葉で、一行の視線はサムへと集まった。

 突然話を振られたサムは緊張で身を固くしたが、しかし、ティアが必死にマハト王に説明をしてくれた以上、ティアたちの父親であってもおかしくはない様な年齢のサムが怯んでいるわけにはいかなかった。


「は、はい、王様。俺……、いえ、自分が、勇者であるというのは本当です」

「しかし、ワシにはおぬしがオークである様にしか見えぬ。おぬしが勇者であるという証拠は? ワシを騙そうとしているわけではあるまいな? 」


 サムは、ゴクリ、と生唾を飲み込んだ。

 自分の返答次第で、全てが決まってしまうのだ。


「間違いありません。……聖剣マラキアは、自分が鞘から抜いてしまったから、破壊されてしまったんですから」


 サムの振り絞る様な言葉に、マハト王はしばらくの間何も答えず、その豊かな髭を指撫でながら考え事を巡らせている様だった。


 やがて、マハト王は「よかろう」と言ってうなずいた。

 どうやら、一行のことを信じるつもりになってくれた様だった。


「ただし、こちらから条件がある」


 喜びに思わず笑顔を見せていた一行だったが、マハト王のその言葉で緊張し、再び表情を硬くする。


「ウルチモ城塞で、我らドワーフと人間との間にいさかいがあったことは、貴殿らも承知のことであろうな? 」

「は、はい。私たちも、その場で何があったかを見ていましたから」


 マハト王からの問いかけに、ティアが少し焦りながらうなずいて答えた。


「以来、ドワーフ族の間では人間の評判が良くない。……聖剣マラキアのこと、直せるのは我らドワーフだけであろうが、しかし、あの様なことがあった後では、唯々諾々(いいだくだく)と引き受けるわけにはいかぬ」

「それは! 申し訳ないと、私たちもそう思っておりますし、我が父、アルドル3世も、不当な扱いであったと申しております! 」


 思わず声を張り上げたティアに、マハト王は肩をすくめて見せると、それから、謁見の間にいた他のドワーフたちに人払いを命じた。

 ドワーフたちは王に言われた通りに謁見の間から引き払い、後には、何を考えているのか分からないマハト王と、不安でハラハラとしている一行だけが残された。


 そんな一行に、王座から立ち上がったマハト王は、ゆったりとした足取りで近づいてくる。

 そして、マハト王は、固唾を飲んでその一挙手一投足(いっきょしぃっとうそく)を見守っていた一行の目の前までやってくると、一行にある提案をした。


「ワシは、ドワーフ族の王だ。しかし、王の力というのは、ワシ個人から生まれるものではない。ワシの言葉に多くのドワーフたちが従うからこそ、王たるワシに力が生まれるのだ。……故に、現状で貴殿たちに手を貸すことは、例え聖剣マラキアのことであっても難しい」


 その言葉で、一行はマハト王が何を求めているのかを大まかに察することができた。

 ドワーフの谷の入り口でアクストが一行に貢物を分けてくれるように要求した様に、マハト王は、一行に対し、他のドワーフたちを納得させられるだけの「対価」を払えと言っているのだ。


「貴殿らには、やってもらいたいことがある。……それは、我らドワーフ族には、決してできぬことなのだ」


 じっと耳を澄ませる一行に、マハト王はそう言って、一行に対して与える「試練」について話し始めた。

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