8-2「偶然」
エルフたちが作り出している魔法の霧は、一行が交代で行っている見張りがひとめぐりし、辺りがより一層暗くなって、少し霧が赤くなったことからどうやら夕方になって日が沈み始めたらしいと分かっても、晴れる気配が無かった。
一行はやむを得ず、その場で霧が晴れることを待ち続けることにした。
無理をして歩き続けてもエルフたちが一行を受け入れてくれない限り、天空の祭壇へと通じる門へとたどり着くことはできないのだから、一行には待つことしかできない。
夜の間の見張りのやり方は、昼間と同じ様に3つの班に分かれて交代で行うことにして、また、サムとティアの班から見張りについた。
夕日を浴びて赤く染まった霧は、すぐにその色を失い、辺りは暗闇に包まれた。
霧の中にある森は元々薄暗かったが、夜になると自分の手の届く範囲から先はもうほとんど見えない様な状況で、焚火(たきび)の明かりだけが頼りだった。
魔法の使い方を知らないサムには実感の湧かないことだったが、エルフが生み出した魔法の霧の中では、魔術師たちの魔法が阻害されるのか、うまく魔法を使えないということだった。
魔法の光ではなく、焚火(たきび)を頼りにしているのは単に魔力を節約しているからというだけではなく、魔法の霧の中では魔法が安定して使えないということもあった。
「んー、やっぱり、ダメね。この霧の中じゃ、魔法はうまく使えないみたい」
ただじっと座っているのも退屈なので、うまくいかないということはすでに分かり切っているのにそれでも魔法を使えないかを試していたティアは、呪文を唱えるのを止めて両手で頬杖を突くと、嘆息(たんそく)した。
「魔法の霧の出所でもわかれば、自力で門のところまで行けるんじゃないかと思ったんだけど。やっぱり、エルフの魔法は凄いわ」
ティアの口調はしみじみとしているが、しかし、サムには彼女が何を言っているのかほとんど共感できなかった。
サムからすれば、魔法が使える人はみんな凄いとしか思えない。
得意、不得意があるというのは、サムにも分かっている。
例えば、ティアは簡単な回復魔法や、辺りを照らすための光を生み出したり、武器や防具の耐久力をあげたりといった、比較的難易度の低いレベルの魔法しか使うことができない。
これは、単に才能という問題ではなく、ティアはその性格から熱心に魔導書を読み込むよりも体を動かす方を好んでいたから、勉強不足という部分が強い。
ラーミナとルナは姉妹だったが、対照的だ。
2人ともその髪や瞳は父親であるガレアのものを引き継ぎ、容姿は母親であるキアラのものを引き継いでいるが、ラーミナはほとんど魔法を使うことはできず、逆に、ルナは高度な魔法を使いこなしている。
このため、ラーミナは父親に徹底的に剣技を仕込まれて育ったが、ルナはティアに続いて魔法学院に入学し、若くして優秀な魔術師として活躍している。
そのルナにしても、性格も影響しているのか回復魔法やバフ魔法など、誰かを支え、守る魔法に特化している。
リーンとバーンも、それぞれに得意分野が違っている。
リーンは、とにかく炎の魔法が得意だ。
それ以外の魔法は苦手で、あまり上手には使いこなせない。
それでもリーンは一芸に秀でているタイプで、高温を圧縮した炎の槍を数百本も生み出し、正確に目標に放つ技術は、少なくとも人間の世界ではリーンしか持っていないものだ。
これとは対照的に、バーンは器用貧乏といった形だ。
バーンは何でも、どんな魔法でも人並み以上に使いこなすことができる、優秀な魔術師で、あらゆる状況に柔軟に応じることができる。
その一方で、リーンが使いこなす炎の魔法の様に特化したものはない。
本人はそのことを少し気にしているフシもあるが、サムからすれば凄いことには違いない。
サムは、ふと、自分の手を見下ろした。
それは、木の枝の様に太い指を持つ、不器用なオークの手だ。
オークになってからの20年間、サムは考えたこともなかったが、自分にも魔法は使えるのではないか?
何しろ、自分は、本当は光の神ルクスに選ばれた勇者なのだ。
思い返してみると、勇者として選ばれた後、マールムによってオークへと変えられるまでは、サムも魔法を使えていた様な記憶がある。
オークになってからは何度試しても何も使えなかったが、それは、サムが魔法についてきちんと勉強したことがなく、その仕組みを理解していなかったせいで、実際は何か使えるのではないだろうか。
もし、魔法が使えるのなら、自分ももっと役に立てる。
「なぁ、ティア嬢ちゃん。もしかして、俺も魔法使えたりしないか? 」
そう思ったサムは、退屈そうな顔で焚火(たきび)に薪(まき)を放り込んでいるティアにたずねていた。
「アンタが? 魔法を? 」
ティアは少し驚いた様な顔をしたが、しかし、すぐに真剣な表情になる。
「確かに、アンタ本当は勇者なんだし、使えてもおかしくはないわね。勇者に選ばれた直後は使えたって聞いた様な気もするし」
「だろ? オークになってからは魔法なんて使えなかったけどよ、やり方が悪かっただけかもしれねぇし、ティア嬢ちゃん、ちょっとやり方教えてくれよ」
2人には見張りという大事な仕事があったが、今のところ辺りには不審な気配はなく、静かなものだった。
ものは試し、ということでティアはサムの提案を了承し、まずは簡単なことから、ということで、ものを動かす魔法を教えてくれることになった。
ものを動かす、といってもあまり大きなものは無理だ。
せいぜい、小石程度のものだった。
「それじゃ、まずは呪文をよく聞いて真似するところからやってみましょうか。この魔法は簡単だから、魔力の制御方法を知らなくても、本人に素質があれば呪文だけでできるはず」
ティアはそう説明すると、呪文を唱え、その辺に落ちていた小石を空中に浮かび上がらせてみる。
「やってみて? 」
「お、おう」
サムはティアが唱えた呪文を、オークの声で精一杯真似をしてみた。
しかし、サムが「浮かべ」と念じた小石は、びくともしなかった。
「ああ、やっぱ、ダメみたいだな」
サムは2,3回試してみても小石がびくともしないことに落胆し、うなだれる。
そんなサムに、ティアは励ます様に笑いかけた。
「ま、ルナかバーンに聞いて、基礎から教えてもらったらうまくいくかもね。私、魔導書は苦手だからそういうの苦手なの」
それからティアは、自身が浮かべた小石に向かって人差し指を向け、「えい」とかけ声をかけた。
ふわふわと浮かんでいた小石は、ティアのかけ声とともに魔力を受けて、どこかへと飛び去って行く。
「ぐげっ!? 」
奇妙な声の悲鳴が聞こえたのは、その時だった。
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