7-10「ゴンドラ」

 ほどなくして、ドワーフたちの間で宴会が始まった。

 ドワーフたちは武器をジョッキに持ち替えて、なみなみと酒を注ぎ、陽気に乾杯して、グビグビと酒を飲み始める。


 ドワーフは大酒飲みだとは聞いていたが、その飲みっぷりは本当に底なしなのでは無いかと思えるほどだった。


 用意していた貢物の酒には、ビールも、ワインも、度数の強い蒸留酒もあった。

 ドワーフたちは特にビールと蒸留酒が好きであるらしく、蒸留酒1をビール1で割った酒の入ったジョッキを、バン、と勢いよく机に叩きつけ、その衝撃で炭酸が噴き出るところをグビグビと飲み干すという飲み方を好んでいる様だった。


 ドワーフたちは何度も乾杯し、笑い合い、飲み比べをしたりしながら、どんどん酒を飲み干していく。


 4人の少女たちも、サムもバーンもまともに酒を飲んだことなど無かったのだが、飲酒した経験のある兵士たちが信じられないものを見る様な視線でドワーフたちを眺めていたから、きっと人間の尺度で言えばありえない様な飲みっぷりなのだろう。


 一行は貢物として馬車3台分の酒を持ち込んできたのだが、その内2台分は、ドワーフの谷の入り口を守っているドワーフの戦士団の身体の中へ消えていった。


 宴もたけなわとなって来たところで、一行にアクストが合図をし、ドワーフの谷へと続くロープウェイへと案内してくれた。

 元々赤い顔をさらに赤くしたアクストは、ずいぶん上機嫌になっていた。


 ドワーフの谷へと入ることができるのは、ティア、ラーミナ、ルナ、リーン、サム、バーンの6人だけだった。

 他の兵士たちは皆、ドワーフの城塞で待機することになった。

 一度にそんなにたくさんの人間の立ち入りは許可できないというのが、人数が6人に制限された理由だ。


 どこからどう見ても魔物であるサムの同行が許されたのは、アルドル3世がドワーフたちにあてて書いた手紙の中に、サムについて「事情がある」と書かれていたからだった。

 その手紙を読んだアクストは、アルドル3世のことを覚えていたようで「おお、あいつか」と言い、それ以上深くは詮索(せんさく)せずにサムの通過を許してくれた。


「お父様のことを、ご存じなんですか? 」


 アクストに「ここで待て」と言われて一行が待っている間に、アルドル3世のことを知っているらしいアクストにティアがそうたずねると、彼はうむ、とうなずいて見せる。


「アイツは、人間にしてはなかなか根性のある奴だった。それに、酒の趣味も良かったしな。貴殿らの貢物、マハト王もさぞかし満足されるだろうて」


 一行が代表に指示された通りに待っていると、やがて、ドワーフの城塞にロープウェイのゴンドラがやってきて、一行の目の前で停止した。


ロープウェイは、2つのゴンドラを交代で上下させる、よくある構造をしていた。

 頂上付近に頑丈で巨大な滑車があり、その滑車の両端にゴンドラが1台ずつついていて、片方が重力に引かれて下降する力を利用してもう片方を上昇させるという仕組みになっている。


 動力の仕組みは、一行にはよく分からなかった。

 ロープウェイを動かしているのは巨大な金属の塊で、ドワーフたちが「エンジン」と呼んでいるそれは、白い煙を煙突から盛んに吐き出しながら、轟音を立てている。

 ドワーフたちは石炭を燃やし、水を水蒸気に変えることでそのエンジンを動かしている様だったが、人間の世界には存在しないその謎の物体の仕組みについて、一行には何一つ分からなかった。


 ただ、そのエンジンは凄い力を発揮できるようだった。


 一行の目の前に現れたのは木製だが割としっかりとした作りのゴンドラで、クレーンで荷物の積み下ろしをしやすい様に屋根こそついていなかったが、一行とマハト王への貢物を乗せるのに十分な大きさがあり、四方を腰より上の高さ、ドワーフの胸の高さまである柵が囲んでいる。


 荷物がクレーンによって積み込まれ、一行とアクスト以下数名のドワーフの戦士が乗り込むと、ロープウェイの運航を管理しているドワーフが、谷中に響き渡る角笛の音を鳴らした。

 それが、どうやら下にいるドワーフたちに「ゴンドラを動かすぞ」という合図となっている様だった。


 ほどなくして、下の方から大きなドラの音が響いてくる。

 どうやら、下側でもゴンドラを動かす準備が整ったという合図である様だった。


 エンジンが一際大きな唸り声を発し、ゴンドラは1度大きく揺れると、ゆっくりと動き出した。


 その初めての光景に、少女たちは無邪気に「わぁ! 」という歓声をあげた。

 人間の世界にはないもの珍しいものがいっぱいあって、好奇心をくすぐられたのだろう。


 その一方で、サムは、気が気ではなかった。

 今、自分の足元には、床板一枚を隔てて、あとは何も無いのだ。


 サムは別に高いところが苦手と言うわけでは無く、城壁の上とか塔の上とかでも平気だったが、この、足元をしっかりと支えてくれるものが無いという状況は初めてのことだった。


 もし、床が抜けたら。

 もし、ゴンドラを支えているロープが切れてしまったら。


 そう考えない様にサムはなるべく努力したが、どうしても考えてしまって、サムは身震いしてしまった。


 サムにとって幸いなことに、下に何もないことを恐れているのはバーンも一緒である様だった。

 サムもバーンも、後で少女たちにからかわれたりしないよう、怖がっていることを必死に隠しながら、とにかくゴンドラが目的地に早く着く様にと祈っていた。


 ゴンドラはサムにとってなかなか恐ろしい乗り物だったが、そこから見える景色は特別なものだった。

 ゴンドラからはドワーフの谷の全体が見え、見晴らしがよく、ゴンドラ自体が動いているから変化もあって飽きなかった。


 やがて、ゴンドラはドワーフの街へと近づいていく。

 断崖絶壁をくりぬくようにして作られた数多くの建物や、そこから土台を築いて作られた建物たち。


 そして、その中に一際大きい建物があった。

 断崖と断崖の間に巨大な石造りのアーチ橋を渡し、その上にいくつもの建物が連なって作られ、その中には緑豊かな庭園まで造られている。

 アーチの中ほどからは、恐らくはドワーフの坑道から蒸気エンジンの動力を使ってくみだされた水が滝となって流れ落ち、その水しぶきと太陽からの光によって谷の中に虹が描き出されていた。


 おそらく、そのもっとも大きな建物こそが、ドワーフ族の王、マハト王の宮殿であるのに違いなかった。


※作者注

 ドワーフたちの酒の飲み方は、テキーラの飲み方の一つ、「ショットガン」を参考に作ったものです。

 人間がやったらとんでもないことになりますので、絶対にマネしない様にお願いいたします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る