7-9「交渉」

 ドワーフたちは一行を受け入れてはくれたものの、やはり、歓迎してくれる様子は少しも無かった。

 一行を案内したドワーフの戦士たちは武装をしたままだったし、一行に向けられるドワーフたちの視線はよそよそしく、その表情は険しかった。


 もし、あの屈強そうなドワーフたちが一行に襲いかかってくるとしたら。

 一行は場数を踏んだ精鋭ぞろいではあったが、ひとたまりもないだろう。


 とりわけ、ドワーフたちを警戒させたのは、サムの存在だった。

 サムはオークに姿を変えられてしまっているだけで、元々は人間であり、光の神ルクスによって選ばれし勇者でもあるのだが、そのことを知る者は少ない。

 ドワーフたちからすれば、「何でこんなところに魔物が? 」と思って当然だった。


 それでも、ドワーフたちはサムのことを恐れてはいない様だった。

 ドワーフたちには勇猛な性格の者が多く、それに、最上級の武器と鎧を身に着けているのだから、オークの1頭くらいどうとでも対処する自信があるのだろう。


 ドワーフたちの命令で一行が馬車を停止させると、ドワーフたちの中から2本の角がついた兜を被った戦士が進み出てくる。


「人間、初めてお目にかかる。我が名はアクスト。ドワーフの谷を守る戦士団の団長である。人間よ、我らドワーフを訪れる用件は何か? 」


 どうやら、この場の代表者であるらしい。


 アクストの質問に対する返答のためにティアが立ちあがると、ドワーフの戦士団からわずかにどよめきがあがった。

 人間の国から使者として訪れた一段の代表が、十代半ばの若い少女であったことにドワーフたちは驚いた様子だった。


「私たちは、ドワーフ族の力をお借りするために参りました」


 単刀直入にそう言ったティアに、アクストは腕組みをすると、フン、と鼻を鳴らした。


「何だ? 今さら、我々に助けてくれとでも言いに来たか? こちらがわざわざウルチモ城塞まで出向いてやったというのに、我らの力は不要だと援軍を断ったこと、よもや忘れたわけではあるまいな?」


 その言葉の端々に、怒りがにじみ出ている。

 どうやら、ウルチモ城塞での出来事は、自分たちを優れた戦士として自負しているドワーフたちの矜持(きょうじ)を大きく傷つけていた様子だった。


 周囲にいたドワーフたちも、「そうだ、そうだ」と同調し、盛んに武器で自分たちの盾を叩いたり、足を踏み鳴らしたりして、一行を威圧してくる。


 サムは、自分の背中に冷や汗が浮かぶのに気づいた。

 アルドル3世から事前にドワーフについて聞かされていたが、これほど頑固で融通のきかない種族だとは思っていなかった。


 ティアもきっと、内心はサムと同じ様な気持ちだったのだろうが、それでも表面的には毅然(きぜん)とした態度を示さなかった。

 ティアには、パトリア王国からの使者として、そして、魔王を倒すために旅を続けている冒険者の一行のリーダーとして、ドワーフたちに言わなければならないことがあった。


「私たちがお願いしたいのは、援軍のことではありません。今さらどの面下げて、というあなた方のお気持ちは、十分に理解しているつもりです。……私たちがお力をお借りしたいのは、聖剣「マラキア」についてなのです」


 そこで、ティアが砕かれた聖剣マラキアの破片が入っている袋を、ルナが聖剣マラキアの柄を持って、アクストの前へと進み出ていった。


「これが、あの聖剣「マラキア」だというのか? 」


 袋を開いて中に入った聖剣マラキアの破片を見つめ、それから柄の部分を手に取ってしげしげと観察した後、アクストはしかめっ面でそう言った。


 ティアは、「はい。それが、聖剣マラキアの、その残骸です」と、はっきりと肯定する。


「聖剣マラキアは、魔王の四天王を名乗る魔物、マールムによって破壊されてしまいました。私たちは聖剣を修復できないか長い旅を続けてまいりましたが、人間の力ではどうにもなりません。もはや、太古の時代に聖剣マラキアを鍛え上げたドワーフ族の神業ともいえる技術を頼るしかないのです」


 「神業」という言葉に、ドワーフたちは少しだけ気分を良くした様だった。

 元々ドワーフたちは自他共に認める名工たちだったから神業という評価は決して過大評価ではない。


「フン。最初から、我々を素直に頼っておれば、こんなことにはならんだったろうにな」


 再び鼻を鳴らしたアクストの態度は少し尊大なものだったが、先にドワーフたちの矜持(きょうじ)を傷つけるようなことを人間の側がしてしまっている以上、その態度は仕方のないものだった。


「用件は分かった。……しかし、我らがドワーフ族の力強き王、マハト王は、交易以外の目的で人間とかかわってはならぬと、お命じになっている。加えて、人間たちをここより先、ドワーフの谷の中に案内することは、固く禁じられておる」


 サムは、続いて発せられたその言葉に、落胆せざるを得なかった。

 ドワーフたちは力を貸すつもりがない。そう言っている様に聞こえたからだ。


「しかし、貢物はもらっておく」

「そんなっ!? 贈り物だけ受け取って、何もしてくれないって言うの!? 」


 ティアはアルドル3世たちから事前に言い含められていた通り、使節としてふさわしい態度を保っていたが、アクストのその言葉に怒って詰め寄った。

 そんなティアを、アクストはすました顔で見つめ返す。


「まぁ、話は最後まで聞け。……マハト王は魔王軍の侵攻が始まって以来、我らに厳しい警備を続けるようにとも命じておってな。王の言いつけ通り我らはここを守っているが、しかし、今のところはたまに人間の商人が来るだけで、敵は来ないし、すっかり退屈しておるのだよ」

「それが、何よ? 」

「まぁまぁ。……おかげで、我らは皆、ノドが渇いておるのだ。……ところで、お前さんたちが持ってきた酒は、よほど美味いのだろう? 我々ドワーフにとって酒は欠かせんものだし、飲むと楽しい気分になって、うっかり警備を緩めてしまったり、ドワーフの谷へ向かうロープウェイを動かしてしまったりするかもしれん」


 ティアが数回、きょとんとした顔で瞬きをしていると、その服の裾(すそ)をラーミナが軽く引っ張った。

 それで、ティアにも、アクストが何を言っているのかが理解できた様だった。


 ティアは数歩下がって元の位置に戻ると、オホン、と咳ばらいをし、澄ました顔で言う。


「もちろん、貢物には皆さんの分もあります」


 それで、交渉は成立だった。

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