7-8「ドワーフの谷」

 人間は、農耕をその生活の基盤としていることから、農業を行うのに適した土地に住んでいることが多い。

 例えば、地形が比較的平らで、適度に水源があり、土地が耕作に適した性質であることが、人間にとっては好ましい居住地だった。


 それに対し、ドワーフたちは、峻険(しゅんけん)な山奥に暮らしている。


 これは、ドワーフたちが元々、火の神イグニスによって聖剣マラキアを鍛えるために生み出され、採鉱と冶金、鍛冶の技術に長ける様に作られているからだ。

 ドワーフたちは小柄だが屈強な身体を持ち、人間ではできない様な効率で鉱山を掘り進め、人間では作れない様な優れた金属に精錬し、上質な武器や鎧を作り出す。


 ドワーフたちは頑固で、短気な面もあったから、長い時間同じ土地に張りついて手を加え続けなければならない農耕は苦手としている。

 必然的に平野は必要なく、良質な鉱石を掘り出せる場所があればそれでよく、ドワーフたちは山奥に住んでいることが多かった。


 それでも、ドワーフも食べなければ生きていくことはできないので、古くから人間とは交流があった。

 ドワーフは上質な金属や武器、鎧を輸出し、人間は農産物を代金として送る。

 特に、ドワーフたちは働いた後に飲む酒が大好きであり、盛んに取引されていた。


 一行を乗せてドワーフの谷へと進んでいく馬車にも、少しでもドワーフたちの心証がよくなれば、と、たっぷりと酒の詰まった樽(たる)が貢物として積み込まれている。

 そのためだけに、一行を乗せるのとは別に馬車が3台も用意されているほどだった。


 定期的に交易関係があるから、ドワーフの谷までは馬車でも走りやすい道がきちんとできていた。

 そのほとんどは自然に出来上がった道で、段々と険しくなっていく地形をぬう様に続いている。


 一行は人間が作った小国をいくつも通り抜けた後、ドワーフたちの支配する領域へと入って行った。

 そこは、岩肌がむき出しになった険しい地形が続く場所で、標高も高くなり、山にかかる様にできた雲に手が届きそうなほどに思えてくる。

 低い土地とは植生も変わり、一行は、見たこともない花や草を興味深そうに眺めながら進んでいった。


 やがて、一行はドワーフの谷を見下ろしていた。


 そこは、実際には「地割れ」と呼んだ方がいいかもしれない場所だった。

 谷と言うから一行は山と山の合間にあると思い込んでいたのだが、どうやら、その想像は少し違っていたようだった。


 ドワーフの「谷」は、下にあった。

 険しい岩山の合間をぬう様に進んで来て、長い坂道を登りきると急に視界が開け、眼下に巨大な大地の裂け目が見えてくる。


 それは、何か巨大な力によって作られた自然の裂け目だった。

 その裂け目は深く、距離感が狂ってしまうほど大きく、そして、先が見えなくなるほど延々と続いている。

 岩肌はほとんど垂直に切り立っていて、岩石だけでなく様々な鉱物がむき出しになり、底には水が溜まっている様だった。


 ドワーフたちの王国は、その「谷」の両側、垂直に切り立った岩肌に作られていた。

 ドワーフたちは岩肌をくりぬいたり、そこに土台を作ったりして建物を建て、そこで、岩肌から鉱物を採掘しながら暮らしている様だった。

 家々の間はたくさんのつり橋で結ばれていて、荷物の運搬などにはロープウェイとクレーンが盛んに使われている。


 馬車で行けるのは、ドワーフたちが暮らす巨大な地面の裂け目の入り口までだった。

 ドワーフの谷の地形はそこから急に始まっており、断崖の上にドワーフたちは城塞を築き、そこからロープウェイを街と結んで、外部との必要なやり取りを行っている様だった。


 一行はドワーフの谷の入り口にある城塞へと到着したが、しかし、ドワーフたちには歓迎されなかった。


 先頭の馬車に乗っていた護衛の兵士が大声を張り上げ、ドワーフたちに開門する様に頼んだが、ドワーフたちからの返答はなかなか返ってこなかった。

 それどころか、散々待たされた挙句、「引き返せ」と言われる始末だった。


 ドワーフたちは、すでにかなり腹を立てている様子だった。

 というのも、彼らは人間と共に魔王軍と戦うため、古い盟約に従って精鋭を選んで送り出したのにもかかわらず、ウルチモ城塞で人間から入城を拒否されていたからだ。


 ウルチモ城塞はその後陥落してしまったが、ドワーフたちからすればそれは「自分たちを追い返したせい」だった。

 ドワーフたちがせっかく人間に手を差し出したのに、人間はそれを拒絶し、そして魔王軍に大敗してしまった。


 ドワーフたちからすれば、「今更どの面下げて」ということらしかった。


 これは、一行の責任というわけでは無かった。

 ドワーフの戦士団を追い返す決定を下したのはオプスティナド4世であって、一行はその決定には何らかかわりがないし、パトリア王国のアルドル3世はむしろ、ドワーフの力を頼るべきだと主張した側だった。


 だが、そんなことはドワーフには通じなかった。

 ドワーフたちからすれば、一行もまた、「人間」には違いなかったからだ。


 そういうわけで、ドワーフたちは一行に対し、固く谷の入り口となる門を閉ざしたままだった。

 一行がなかなか立ち去らないので、城壁の上に兵の数を増やし、早く帰らないなら手荒なこともするぞと、威圧してきたほどだ。


 一行は、上質な鎧と武器を身に着けた、豊かな髭をたくわえた赤ら顔のドワーフたちが険しい顔で見下ろしてくる中で、何とか自分たちを受け入れてもらえないかどうか必死に考えを巡らせた。


 解決策になったのは、アルドル3世がドワーフたちへの貢物として用意していた酒だった。


 一行はドワーフたちが酒好きであることを逆手に取り、ドワーフたちが見下ろしている前で酒盛りを始めたのだ。

 もちろん、大声で、「ドワーフへの貢物だったのに、中に入れてもらえなくて残念だなぁ」「最高級品なのになぁ」「うまいのになぁ」と、聞こえよがしに言い合った。


 効果は、すぐに現れた。

 一行が酒盛りを始めてさほど経たないうちに、ドワーフたちは城門を開き、中からドワーフの戦士たちの一団が姿を現して、一行を中へと案内してくれたのだ。


※作者注

 ドワーフの谷は、マインクラフトなどで時折見られる大きな地割れ(何と呼ばれているのか熊吉は失念してしまいました、すみません)をイメージした場所です。

 何というか、あそこに街を作ったらおもしろそうだなぁと以前から思っていたので、今回作中に登場させてみました。


 後、念のために申し上げておきますが、ドワーフたちの前でお酒を飲んだのは護衛の兵士たちで、未成年である少女たちは口をつけていません。

 お酒は20歳になってから、節度を持って飲みましょう!

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