7-7「進み続ける」

 諸王国は魔王軍との激しい戦争のさなかにあったが、パトリア王国にはまだ平穏な雰囲気も残っていた。

 魔王軍の侵攻に備えて戦支度が着々と進められつつある中でも、人々は平常通りの生活を送ってもいた。


 まだ魔王軍はパトリア王国の国境には到達しておらず、パトリア王国では物資の不足などもまだ起きてはいない。


 それでも、魔王軍はほどなく、必ずパトリア王国にも攻撃をかけてくる。

 人類を絶滅させ、この世界を暗黒神テネブラエのものとすることが魔王ヴェルドゴの最終目的である以上、それだけは確実だった。


 一行にとって、パトリア王国での滞在は楽しいものだった。

 城下にはにぎやかな人々の暮らしがあり、一行はこれまでに経験してきた辛い旅路のことを忘れることができたのだ。


 できれば、ずっとここにいたい。

 そう思ったのはサムだけではないはずだったが、一行は旅立たねばならなかった。


 この、穏やかで楽しい暮らしを守るためには、一行が旅を続けて、魔王を倒さなければならないからだ。


 数日後、一行はアルドル3世から呼び出され、パトリア王国からエルフやドワーフが住む場所までの進み方を教えられた。


 エルフもドワーフも、人間が住んでいる場所からは少し離れた場所で暮らしている。

 人間と交易を行っているドワーフたちとは比較的行き来がしやすく、ドワーフの谷までは馬車が通過可能な道が通じているが、エルフが住んでいる天空の祭壇には、簡単にたどり着くことは難しいのだという。


 エルフたちが暮らす天空の祭壇は、文字通り、天空に浮かんでいる。

 そこに行くためには魔法によって作られた特別な門をくぐる必要があるのだが、そこに至る道は全く未整備で、道なき道を徒歩で進んでいかなければならない。


 しかも、エルフたちは自身が望まない来客を追い返すため、天空の祭壇へと通じる魔法の門を深い魔法の霧によって覆い隠しており、エルフたちに認められなければ門に接近することさえ難しいのだという。


 こういったことから、一行はまず、ドワーフの谷を目指すことになった。

 そこまで馬車で行けるということもあったが、まずはドワーフたちに聖剣マラキアを修復してもらってからの方が、エルフたちを訪れた時に、聖剣マラキアの魔法の力の回復と、サムにかけられているオークになる呪いを解くことが同時に行えて、効率が良いだろうということが大きかった。


 それから、人間の中では数少ない、エルフとドワーフの両方と交流を持ったことのあるアルドル3世から、それぞれの種族との接し方について注意がなされた。


 ドワーフは勇猛果敢で、歌と酒を好み豪胆な気質を持つ優れた戦士たちだったが、その分誇り高く頑固でもあり、一度機嫌を損ねさせるとなかなか機嫌を直してくれないとのことだった。

 このため、ドワーフの誇りを傷つける様なことはしてはならず、特に、ドワーフたちが男女ともにたくわえている豊かな髭について、絶対に侮辱してはならないという。


 エルフの方はもっと難しかった。

 エルフたちは、人間をそもそも嫌っているというのだ。


 その理由は、人間が営む暮らしそのものにあった。


 人間は森や原野を切り開き、畑を作り、作物を育て家畜を飼い、村や街を作って暮らしている。

 大きな石を切り出して巨大な城塞を築き、広い土地を整地して、壮麗(そうれい)な建築を行うこともある。

 時には大きな工事を施し、縦横に伸びる街道を整備したり、水害を避けるために治水工事を行ったりする。


 その人類の行い自体が、エルフたちにとっては許しがたいことであるのだという。

 何故なら、それは、この世界を生み出した創造神、この世界の神話における最高神であるクレアーレが生み出したものに、許可なく手を加えることだからだ。


 エルフは創造神クレアーレによって、世界の創造を助けるために生み出されたとされる種族だった。

 そんなエルフたちにとって、クレアーレが創造した世界に手を加え、作り変えていく人間の行いは傲慢(ごうまん)だと思われているらしい。


 これが原因で、エルフは特に、人間たちとかかわりを持とうとしないのだという。

 太古の神々の戦争の際は同じ陣営で戦い、共に暗黒神テネブラエに立ち向かったこともあるから人間と積極的に対立しようという意思はないが、かと言って関わりたくもないというのが、エルフたちの考え方なのだという。


 アルドル3世がエルフたちを訪れたのは、当時行方が分からなかった勇者の所在を知るために、藁(わら)にもすがる思いでのことだったのだが、エルフたちの対応は素っ気ないものだった。

 一応、会ってはもらえたのだが、天空の祭壇への立ち入りは許されず、一時期、エルフの魔術師と一緒に旅をしたことがあるのが、アルドル3世とエルフとの関係の全てであるらしい。


 それでも、望みはあるだろうと思われた。

 少なくとも、エルフたちもウルチモ城塞で共に魔王軍と戦おうという姿勢を見せていたし、事情をきちんと話せば、協力はしてくれるはずだった。


 とにかく、一行の方針は定まった。

 まずはドワーフの谷を訪れ、聖剣マラキアを修復し、それから、エルフを訪問する。

 少しでも助けになればと、アルドル3世はエルフとドワーフにあてた親書も用意してくれた。


 そうして、一行は全ての準備を整え、再び旅立つこととなった。

 ドワーフの谷へと向かう馬車が用意され、一行は長い旅路に必要となる様々な道具を準備して積み込み、アルドル3世、ステラ、ガレア、キアラと、パトリア王国の人々に見送られながら、王都を出発した。


 北へ、南へ、それから北へ。

 そして、今度は西へ。


 ほんの少しの希望が見えては、消えていく。

 一行の旅路はそういう苦しいものだったが、それでも、歩むことを止めずにここまで来た。

 そして、最後まで進み続けると決めている。


 一行は、不安と、期待とを胸に抱きながら、新しい土地へと旅立っていった。

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