7-4「混沌」

 アルドル3世たちと再会を果たしたその瞬間、ティア、ラーミナ、ルナの3人の少女たちは、年相応の幼い面を見せた。

 3人は馬車が完全に停車するのを待ちきれない様に飛び降りると、自分たちの両親へと駆け寄って、その無事を確かめる様に抱き着いたのだ。


 アルドル3世たちも、この時ばかりは自分たちの立場も忘れて、心の底から嬉しそうに少女たちを抱きしめていた。


 少しでも多くの友軍を救うために殿(しんがり)を務めて戦ったと聞いていたからサムも心配していたのだが、アルドル3世たちは思っていたよりも元気そうだった。

 負傷した、と聞いていた通りガレアはまだ包帯を巻いている様子だったが、それでも自分の脚でしっかりと立っていて、怪我の回復は順調である様だった。


 一行には、嬉しい再会と共に、寂しい別れも待っていた。

 ここまで一行を送り届けてきた兵士たちと別れなければならなかったのだ。


 兵士たちはエフォール将軍の部下で、将軍から「パトリア王国まで無事につき、任務を果たしたら、私のことなど気にせず自由に行動せよ」と言われていた。

 これは、魔王軍による侵攻が行われている諸王国から無事に帰って来られるかどうか分からない兵士たちに対し、無理に帝国に戻ろうとせず、生きのびるために最善の手段を取る様に、という命令だった。


 それでも、兵士たちは帝国へ戻ることを選んだ。

 それだけエフォール将軍を慕っているということもあったし、諸王国の惨状を目にした今、帝国の混乱を少しでも早く立て直し、諸王国を救援しに戻ってくるために、少しでも力になりたいということらしかった。


 兵士たちは、「そういうことなら」とアルドル3世に呼び止められると、ここまで運んできた一行の代わりに、多くの物資を受け取ることになった。

 それは兵士たちのための物資というだけでなく、帰り道の途上で、困窮(こんきゅう)している人々に配ってもらうためのものだった。


 兵士たちはアルドル3世の申し出を快く了承し、荷物の積み込みを終えると、すぐに引き返していった。

 とてものんびりしている様な気持ちにはなれなかったのだろう。


 アルドル3世たちと再会を果たした一行は、王都の中に作られたパトリア王国の宮殿へと移動しながら、サクリス帝国で起こったこと、そして、新たな旅の目的について、アルドル3世たちに話すことにした。


 せっかく故郷に帰って来たのだから、少しゆっくりしたい。

 そう思うことは自然なことだったし、実際、一行の心の中にはそういう気持ちもあったが、すぐに帝国へと引き返していったエフォール将軍の部下たちと同じ様に、とてものんびりなどしていられないという気持ちの方がずっと強かった。


 アルドル3世は一行の話を聞くと、すぐに協力することを申し出てくれた。

 エルフとドワーフがいる場所への行き方を示した地図を用意してくれるほか、一行が旅に必要な荷物も準備してくれると約束してくれた。


 サクリス帝国で期待していた様な成果は得られなかったが、そのことを残念に思っても、立ち止まっている様な猶予(ゆうよ)はどこにもなかった。

 一行は準備ができ次第、すぐにでも出発するつもりだった。


 それから、アルドル3世たちは、一行に諸王国の詳しい状況を伝えてくれた。


 諸王国の状況は、一行が思っていた通り、かなり悪い様だった。

 ウルチモ城塞の陥落以来、諸王国の各国は次々と魔王軍による侵攻を受け、滅ぼされてしまっているのだ。


 中でも深刻だったのが、諸王国でもっとも大きく強い国家であったはずのアロガンシア王国が滅亡してしまったということだった。


 アロガンシア王国の国王、オプスティナド4世はウルチモ城塞で人類軍を指揮して勇猛に戦ったが、その戦いで戦死してしまった。

 指導者を失ったうえ、その混乱によりウルチモ城塞で大打撃を受けたアロガンシア王国軍は、魔王軍による侵攻に抵抗する術を持たず、短期間のうちにその全土が魔物たちの支配するところとなってしまった。


 わずかな生き残りが必死にゲリラ戦を戦ってもいるということだったが、クラテーラ山からほぼ無限に湧きだして来る様な魔王軍の猛攻にはほとんど効果がなく、魔王軍は占領したアロガンシア王国を拠点として、諸王国の各国に侵攻を続けているということだった。


 さらに悪いのは、諸王国の間で、互いに対する不信感が広がり、満足に協力し合えなくなっているということだった。


 その不信感の原因は、諸王国で第2位の規模を誇っていたバノルゴス王国と、その国王、ディロス6世に関する噂だった。


 ディロス6世は、オプスティナド4世とは長年に渡る宿敵関係にあった。

 その対立関係が元で、ディロス6世はオプスティナド4世を暗殺した。

 そして、ディロス6世はこの戦乱の中で勢力の拡大を図り、他の諸王国を併呑しようと野心を抱いている。


 諸王国でささやかれている噂とはこうしたものであり、このため、魔王軍だけでなくバノルゴス王国の動向をも気にしなければならない諸王国では、他国のために援軍を出すこともできず、それぞれがバラバラに戦い、魔王軍によって次々と攻略されてしまっているという状況だった。


「真偽のほどは、誰にも分からん。……だが、それが問題なんだ」


 噂を真実であると断じることはできないし、そうかと言って、否定することもできない。

 諸王国ははっきりしない噂に振り回されて、身動きが取れなくなってしまっていた。


 一行も、ウルチモ城塞から脱出した後、ただ1国だけ、整然と、ほとんど損害らしいものも受けずに母国へ退却するバノルゴス王国軍と、ディロス6世の姿を目撃している。

 いくら長年の宿敵関係であったからと言って、魔王軍の脅威(きょうい)を前にオプスティナド4世を暗殺するなどありえないと思いはしたが、ただ1国だけほとんど無傷でいるという事実が、どうしても不気味で、裏がある様に思えてきてしまう。


 イプルゴスが魔物と手を組んでいる姿を帝国でその目にしてきた一行には、バノルゴス王国のディロス6世も、魔物と何らかの取引をしているのではないかとさえ思えてきてしまう。


「複雑で、混沌とした状況だが、今はとにかく、備えを固めて、耐えるしかない」


 アルドル3世はそう言うと、「ま、心配するな。お前たちが旅の目的を果たすまでは、何とか守り抜いて見せるさ」と言って、一行を安心させる様に似合わないウインクをして見せた。

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