7-3「パトリア王国」

 惨憺(さんたん)とした諸王国を、一行を乗せて走り続けた馬車は、やがてパトリア王国へとたどり着いた。


 途中、先行して侵攻してきた魔物の一団と遭遇し、馬車の護衛兵たちと共に切り抜けるという危うい場面もあったが、それでも、無事にここまでつくことができたのだ。


 それで、全て安心というわけでもなかった。

 パトリア王国の王都まではまだたどり着いていなかったし、アルドル3世やステラ、ガレア、キアラたちが、無事でいてくれるかどうかはまだ分からないのだ。


 一行はこれまで、自分たちをウルチモ城塞から逃がしてくれたアルドル3世たちの消息について、情報らしいものを何も得ることができていなかった。

 諸王国が魔王軍による侵攻のさなかにあるうえ、帝国に到着してすぐにイプルゴスによるクーデターが起こり、帝国の混乱の坩堝(るつぼ)と化してしまい、落ち着いて情報を集めている様な余裕が少しも無かったからだ。


 それでも、パトリア王国へと入った時、一行は少しだけだが安心することができた。

 パトリア王国にはまだ魔王軍の本格的な攻撃が及んでおらず、そこには、少女たちがかつて見たのと同じ、穏やかな景色が広がっていたからだ。


 それに、国境を超える際に、どうやらアルドル3世たちが無事にパトリア王国まで戻って来ているらしいということも分かった。


 魔王軍の攻撃や野盗を警戒してパトリア王国の国境付近では厳しい警戒が実施されており、一行もそこで呼び止められ、検閲(けんえつ)を受けることになったのだが、警備の兵士たちを指揮していた将校がパトリア王国の貴族で、ティアと面識があった。

 その将校のおかげで、一行は時間のかかる検閲(けんえつ)をほとんど省略してパトリア王国に入国することができた。


 ティアは、パトリア王国の国王であるアルドル3世の実の娘なのだから、顔パスだった。

そして、国境を通過する際に、一行に便宜(べんぎ)を図ってくれたその将校から、アルドル3世たちの消息を聞くことができたのだ。


 アルドル3世率いるパトリア王国軍は、一行をウルチモ城塞から脱出させた後、少しでも多くの諸王国軍を陥落するウルチモ城塞から脱出させるべく、殿(しんがり)となって最後まで奮戦したのだという。

 その結果、多くの死傷者を出し、近衛騎士団の団長でもあったガレアが負傷するなどもしたが、辛うじて退却に成功し、しばらく前にパトリア王国まで後退してきたらしい。


 4人とも、生きている。

 それを聞いて、少女たちは久しぶりに笑顔を見せた。


 魔王軍の侵攻によって陰惨(いんさん)な状態となっている諸王国の様子を目にした少女たちは、自分たちの責任を改めて感じ、果たすべき役割の大きさに緊張した面持(おもも)ちとなって、少しも笑顔を見せることがなかった。


 それが、少し和らいだ。

 サムも少女たちの両親が生きて戻ってきたことは嬉しかったし、何より、厳しい現実の中にも希望が見えてきたような気がして嬉しかった。


 国境を通過した馬車はそのまま日が暮れるまで進み、王都に入る前に最後の野営をすることになった。


 久々に、リラックスできる野営になった。

 アルドル3世たちが生きていたということもあったが、パトリア王国ではまだその治安維持の仕組みが機能しており、野盗や魔物による攻撃をそれほど警戒しなくてよかったからだ。


 ここまでの旅路は、気の抜けないものだった。

 帝国内は誰が敵で味方なのか判然としなかったし、諸王国は魔王軍の攻撃によって戦乱のただ中にあり、酷い状況だった。


 パトリア王国は、まだほとんど戦乱の影響を受けてはいない様子だった。

 パトリア王国に入ってから馬車はいくつかの村を通過したが、そこにはまだ人が住んでいて平常通りの生活を営んでいたし、景色はのどかで、まだ平穏を色濃く残していた。


 その日の晩は、会話も良く弾んだ。

 一行はこれまでの旅路で、エフォール将軍の部下から選ばれた馬車の御者と護衛の兵士たちとすっかり仲良くなっており、一行はルナが主導して作った夕食を取りながら、時折(ときおり)笑い合ったりした。


 兵士たちにとってパトリア王国は初めて訪れる土地であったらしく、話題の中心は、そこで生まれ育った少女たちによる故郷の話だった。

 他愛のない話ばかりだったが、一行は少しだけ厳しい状況を忘れることができた。


 翌日、夜明けとともに野営地を引き払うと、一行はパトリア王国の王都へと向かった。


 パトリア王国の王都は、そのまま、パトリアと言う名前で呼ばれている。

 サクリス帝国の様に、国名とその首都が別の名前で呼ばれることは多いし、どちらかと言えばその方が多数派なのだが、パトリア王国ではもともと存在した小さな王国が長い歴史の中で徐々に拡大して出来上がったという経緯を持っているため、この様になっている。


かつてパトリアと呼ばれていた都市がそのまま国となったから、そのままパトリア王国と呼ばれているというわけだ。


 春を迎え、暖かな陽光が降り注ぐ美しい風景の中を馬車は進んでいった。

 自然のままの森と、よく手入れされた田園とが織りなすのどかな景色。

 点在する村々に暮らす人々にはまだ笑顔があり、そこでの暮らしが満ち足りたものであるのだということを教えてくれる。


 やがて、王都の城壁が見えてきた。


 パトリア王国は俯瞰(ふかん)して見ると巨大な盆地にその大部分が存在しており、その王都は盆地のほぼ中央部分、なだらかに盛り上がった丘陵部分に作られている。


 王都の城壁は堀こそ一部分しか持っていなかったが、その代わり、丘陵を削って作り出した断崖によって守られていた。

 十分な厚みと高さを持ち、数多くの塔を持つ王都の姿は、サクリス帝国の帝都ウルブスと比べれば規模も防御力も劣るように思えたが、十分に堅固で頼もしく見えた。


 遠くから見ると、花崗岩を利用して作られた城壁がクリーム色に輝いて見え、赤茶けた色の瓦で作られた屋根の連なる光景とよく合っていて美しかった。


 一行が王都パトリアの城門へと近づいていくと、やがて、そこである一団が一行のことを待っているのが見えてきた。


 それは、パトリア王国の国王がそこにいることを示す旗を掲げた集団だった。

 そして、その中にアルドル3世、ステラ、ガレア、キアラの4人の姿を見つけて、少女たちは思わず歓声をあげて馬車の上から身を乗り出した。


 どうやら国境を通過した際に警備部隊の将校が気を利かせて、一行が到着することを事前に伝えてくれていた様子だった。

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