1-11「4人」

 現れたのは、たったの4人だけだった。


 全員、子供と呼んでいい年齢だ。


 1人は、ショートカットにした黒髪と、勝気そうな青い瞳を持つ、10代の半ばほどに見える少女だ。

 淡く輝く銀色の胸甲を身につけ、旅の最中の風雨から身体を守るためのマントをなびかせ、腰に細い剣を1本、背中には少女の身体に対してかなり大きな剣を1本、背負っている。


 もう1人は、栗色のサラサラとした髪を長くのばしたのを後ろで1つにまとめ、凛々しい琥珀色の瞳を持つ、同じく10代に見えるが少し大人びた印象の女剣士だ。

 不思議な光を秘めた宝石を埋め込まれた胸甲を身につけ、腰には刀身の長い細身の刀を1振り佩(は)いている。背が高く長身で、4人の中で頭1つ分くらい抜き出ている。


 3人目は、2人目と同じ色の、だが癖のある髪を長くのばし、穏やかそうな琥珀色の瞳を持つ、4人の中でもっとも幼く見える少女だ。

 幼さにつり合う様に背が小さく、全身を、魔術師が身に着ける様な緑色のローブで覆い隠している。剣などは持っておらず、その代わりに、様々な宝石や金属で複雑だが意味のありそうな細工を施された杖を持っている。


 最後の1人は、ウェーブのかかった鮮やかな赤い髪を肩のあたりまでのばし、何だか眠たそうにも見える青い瞳を持った少女だ。

 3人目の幼く見える少女よりは大人びていて、魔術師が身に着ける様な黒い色のローブを身に着けている。手はその中に隠れているので、何を持っているのかは分からない。

 特徴的なのは、その少女の肌には数か所の縫い目があり、その縫い目を境として、肌の色が異なっている点だった。


 少女たちは、冒険者と呼ばれている人々だった。

 冒険者というのは、それぞれの目的や使命を持ちながら、各地を放浪し、魔物を退治し、危険な罠や困難な謎解きが待ち構えているダンジョンなどを攻略することを生業(なりわい)としている人々のことだ。


 恐らく、彼女たちは、オークを倒すために村人たちから雇われたのだろう。

 だが、例え彼女たちが世界中を放浪する冒険者たちなのだとしても、あまりにも若過ぎる様に見えるし、たった4人で、30頭ものオークをどうにかできるとは思えなかった。


 オークたちは、人間たちとの待ち合わせの場所にやって来た4人の少女の姿を前にして、呆気に取られている。


 30頭ものオークたちを前にすると、50名の兵士と、武装した100名の村人などは簡単に蹴散らされてしまう。

 それなのに、オークを討伐するためにやって来たのは、たった4人しかいない。

 しかも、見るからに若く、経験の浅そうな冒険者が4人だけなのだ。


 オークたちからすれば、人間たちが何を考えているのか、少しも理解できない。

 見るからにひ弱そうな少女たちにオークたちを退治できるはずなど無かったし、むしろ、村人たちがオークを恐れて、生贄として送り込んで来たと思った方が納得できるほどだ。


 オークは特別、人間を好んで食べたりはしないが、決して食べないわけではない。

 オークの様な魔物にとっては、人間も必要があれば食糧となる、その程度の存在でしかない。

 積極的に人間を食べないのは、味の好みの問題と、人間は生かしておいた方が、後でたくさん略奪することができるというだけのことだ。


 オークには人間が束になっても敵うはずが無いのだが、4人の少女たちは堂々としていた。

 中でも、勝気そうな青い瞳を持つ少女などは、両手を腰の辺りに当てながら、不敵な微笑みさえ浮かべている。


「ナンダァ、貴様ラハ! オイ、人間、食イ物ハドウシタ!? 」


 オークにとっては理解しがたい状況の中、1歩前へと進み出たボスオークは、冒険者たちを威圧する様に、野太い声でそう言った。


 すると、不敵な笑みを浮かべていた勝気そうな少女は、ハッ、とオークたちを嘲笑った。


「そんなもの、無いわ! アンタたちみたいな醜い豚の怪物に食べさせるようなものなんて、どこにも無いもの! 」


 上から目線の偉そうな物言いだったが、ボスオークは気分を害したりはしなかった。

 4対30。オークたちが絶対的に有利なはずであり、少女の言葉などたわごととして受け流す余裕があったからだ。


「ハハハハ! オモシロイ、小娘! タッタノ4人デ、おれタチヲドウニカデキルツモリカ? 今スグニ踏ミツブシテ、人間タチノ住処ニ死体ヲ放リ込ンデヤルゾ! 」

「アンタたちみたいな豚に、できるかしらね? 」


 勝気そうな少女は、あくまで余裕そうな態度を見せている。


 オークたちは、一斉に笑い出した。

 たった4人の、しかも見るからにひ弱そうな少女たちがオークに敵うはずなどないし、オークたちからすれば現実の分かっていない人間が強がりを言っているだけとしか思えなかったからだ。


 ボスオークは、他の手下たちとは違っていた。

 4人の少女たちを疑う様な視線で眺め、思考を巡らせている。


 これは、罠なのではないか?

 ボスオークは、その点を疑っていた。


 あの4人の少女が、オークに勝てるはずが無い。

 にもかかわらず、少女たちは自信満々だ。

 その自信は、オークたちを一網打尽に出来る様な恐ろしい罠が用意してあり、こうやってオークたちを油断させ、挑発することで、逃れることのできない罠の中へと誘い込もうとしているのではないか?


 どんな罠がしかけてあるか分からない。

 例えば、オークたちから見えない位置に、たくさんの人間の兵士たちが隠れ潜んでいるのかもしれない。


 ボスオークは鼻を使って辺りのにおいをかぎ分けてみようとしたが、不審な点は特に見つけることができなかった。


 おかしい。

 ボスオークはそう思いながらも、しかし、自身の疑念について、それ以上深く考えていることはできなかった。


「アンタたち全部、退治してあげるわ! 」


 勝気そうな少女がそう叫ぶと同時に、4人の冒険者たちが一斉にオークたちへ向かって攻撃を開始したからだった。

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