1-12「冒険者」

 オークたちは4人の少女を嘲笑していたが、その下品な笑い声は、一瞬の内に阿鼻叫喚へと変わった。


 最初にオークたちの中へと突っ込んで来たのは、細身で刀身の長い刀を両手で構えた、長身の女剣士だった。

 少女たちが動き始めたのを見てオークたちが笑うのを止める、ほんの一瞬の間に距離を詰めた女剣士は、腰から抜いた刀を鋭く一閃し、少女たちを指さして笑っていた1頭のオークの腕を斬り飛ばしていた。


 オークの濁った血液が吹き出し、斬り飛ばされた腕が宙を舞って、オークの足元にぼとりと落ちる。


「ヘ? ァ? へ? 」


 腕を斬り飛ばされたオークは、突然無くなってしまった自分の腕の切り口を呆けた顔で眺め、状況が理解できないのか間抜けな声を漏らす。

 その次の瞬間には、女剣士の鋭い剣さばきで、そのオークの首と胴体が切断されていた。


「カッ、カカレェッ! 」


 少女たちが戦いを挑んできたことを理解したボスオークが、手下たちに号令を下す。

 オークたちは一瞬の内に仲間の1頭を失ったことに戸惑いはしていたものの、それでも、ボスオークの号令で、4人の冒険者たちへと襲いかかった。


 風を切る音。刀身が煌(きら)めくのと同時に、切り裂かれたオークから鮮血がほとばしる。


「ギャッ、ギャアアアアアッ!? 」


 痛みと、恐怖で叫んだオークの頭部を、女剣士の刀が、ナイフでバターを切る様な容易さで斬り飛ばして黙らせる。


 オークを倒しているのは、女剣士だけでは無かった。

 勝気そうな瞳を持つ少女も細身の剣、レイピアと呼ばれる剣を左手で持ち、オークたちの中にマントを翻しながら駆けこむと、次々とオークの心臓へとその鋭鋒を突き立てて行った。


 オークたちは2人の少女に向かってその丸太の様に太い腕を振り下ろしたが、ある者は女剣士によってその腕を斬り飛ばされ、別の者はひらりと身をかわした勝気そうな少女のレイピアによって急所を一突きにされた。


 オークたちの皮膚は硬く分厚く、皮下脂肪もたっぷりあって、人間の武器は通用しないはずだった。

 実際、村を襲った時は、そうだった。

 よく研がれていた兵士たちの槍も、矢も、オークには全く通用しなかった。


 そのはずなのに、少女たちの刃は、紙切れでも切り裂くかのように、オークたちを屠っていく。


「魔法ダ! 魔法ヲ使ッテイル! 魔法使イヲ、殺セ! 」


 勝気そうな少女の鋭い突きをかわしながら、ボスオークが叫んだ。


 その視線の先には、オークたちに接近してきていない、ローブを身にまとった2人の少女がいる。


 緑色のローブを身に着けた幼い少女は両手で杖を身体の前に捧げる様に持ち、両眼を閉じながら、何か、不思議な言葉で呪文を紡いでいる。

 その足元には複雑な文様の魔法陣が浮かび上がっていて、眩い輝きを放っている。


 オークたちには魔法を使うことはできなかったが、その少女が唱えている呪文が、女剣士と勝気そうな少女の持つ刃に、オークをいともたやすく屠る力を与えていることは理解できた。


 2人の少女はオークたちを次々と切り伏せていたが、それでも、30頭もいたオークたちの全てを倒すことはできていない。

 数頭のオークがボスオークの指示に応え、凶暴な雄叫びをあげながら、後方に控えている2人の魔術師に向かって吶喊(とっかん)する。


 だが、その猛烈な突進を、眠たそうな眼をした赤毛の魔法使いが遮(さえぎ)った。


 赤毛の魔術師はゆっくりと落ち着いた身のこなしで幼い魔術師の前へ立ちはだかると、小さな声で短く呪文を唱え、顔と同じく縫い目のある腕を横に振るった。


 そこから飛び出して来たのは、赤く燃え滾(たぎ)る炎だった。

 その炎は吶喊(とっかん)したオークたちを包み込み、あっと言う間にオークたちは燃え上がった。


 オークたちはその全身に毛皮をまとっている。

 それは太く固く強靭で、人間の武器から身を守る役に立つ以外にも、防寒などでオークの役に立っているものだったが、この場合は、悲劇だった。

 オークたちを包み込んだ炎は、その体毛に燃え移ったのだ。


 炎に包まれたオークたちはおぞましい声で悲鳴をあげながら地面をのたうち回り、やがて、動かなくなる。

 脂の焼けた香ばしいにおいが辺りにただよった。


 その間にも、オークたちは女剣士と勝気そうな少女によって、次々と切り伏せられている。

 30頭いたオークたちは、すでに半数になっていた。


 オークたちにとって、人間はか弱い存在に過ぎなかった。

 その力はオークには到底及ばず、人間の武器はオークに通用しない。

 そのはずだったし、これまで、ずっとそうだった。


 だが、オークたちの目の前で起こっていることは、これまでとは違った。

 少女たちが振るう刃と、強力な魔法の力。

 それを前にして、オークたちは無力だった。


 狩る側から、狩られる側へ。

 生まれて初めて、自分たちが、一方的に狩りたてられる獲物となった。


 そのことを理解した時、オークたちは、無様で醜い悲鳴をあげながら、蜘蛛の子を散らす様に逃げ出した。


 強い者こそが美しく、正しいオーク。

 オークは決して逃げない。ましてや、人間相手に。

 そんなオークの価値観や自負など、完全に消え去ってしまっていた。


 逃げ出したオークたちは、しかし、その運命から逃れることはできなかった。

 赤毛の魔術師が素早く呪文を唱え、背中を向けて逃げていくオークたちを片っ端から焼き払っていったからだ。


 4人の冒険者たちを前にして、最後まで逃げずに立っていたオークは2頭だけだった。


 1頭は、ボスオーク。

 もう1頭は、サムという名前のオークだ。

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